九州・沖縄の「ご当地ラーメン」

全国のご当地ラーメンの特徴と味の情報に加えて、地域の観光情報も。食べ歩きはいかが?

(40)福岡県

博多ラーメン

  • 地域エリア:  福岡市、その周辺
  • 由来や定義:  博多ラーメンの発祥は、1940年前後に開業した中洲の屋台からという説や、久留米ラーメンが博多に伝わったとする説など諸説あり、定かではありません。また、時代の変化とともに、博多ラーメンと長浜ラーメンを明確に区別することが難しくなってきていることから、一括りに「博多ラーメン」として位置付ける考え方もあるようです。ただ一方で、頑固な博多っ子は、博多ラーメンと長浜ラーメンとでは、その成り立ちから、基本となるスープの取り方も違っており、全く別物という一途な意見も残っているようです。
    後者の説によると、「博多ラーメン」は、明治時代に考案された「博多水炊き」の鍋の〆に、中華めんを入れて食べたことが始まりとされ、そのためスープの素は、とんこつではなく鶏がらで、あっさりとした醤油味のラーメンであるとされています(他にも、支那そばがルーツとする説もあります)。その後、豚骨もブレンドされ、戦後には多くの屋台が立ち並び、今の博多ラーメンのスタイルが確立していきますが、あくまで出汁は弱火でじっくり煮込まれることで、長浜や久留米とは違うやや透明感のあるスープが基本とされています。

長浜ラーメン

  • 地域エリア:  福岡市中央区長浜、その周辺
  • 由来や定義:  博多ラーメンに端を発する長浜ラーメンですので、その発祥(諸説)については、博多ラーメンの項を参照してください。1955年に、現在の博多区築港本町にあった魚市場が、中央区長浜に移転したことで、博多の市場周辺にあったラーメン屋が相次いで移転し、現在の「長浜ラーメン」のスタイルを作り上げて行ったと言われています。そのため、当初は”市場ラーメン”とも呼ばれていました。市場周辺で営業する屋台では、セリの合間に短時間で食事を済ませたい市場関係者に、ラーメンを作る時間を出来るだけ短くしようと、短時間で茹であがる極細麺が使われるようになりました。極細麺を最初に使い出したのは、「元祖長浜屋」と言われています。そして、極細麺は伸びやすいので、一度に盛る量を少なくして、代わりに麺だけをお代わりする「替え玉」というシステムが誕生しました。また、替え玉をしても味が薄くならないように、スープも味が濃い目なものとなり、市場での労働者の好みもあって、どんどん濃厚なスープへと変化を遂げてきました。この、「極細麺」「替え玉」「濃厚スープ」というのが長浜ラーメンの特徴ですが、今では”博多ラーメン”も同様のスタイルを取る店が増え、博多ラーメンと長浜ラーメンの垣根は、ほとんど区別できなくなりつつあるのが、現在の状況です。

久留米ラーメン

  • 地域エリア:  久留米市、その周辺
  • 由来や定義:  多くの九州ラーメンや福岡ラーメン(博多ラーメン)の特徴ともなっている、豚骨スープとストレートの細麺をベースにしたラーメンのルーツは、「久留米ラーメン」であると言われています。その発祥は、1937年(昭和12年)に開業した、西鉄久留米駅前の屋台「南京千両」であるとされます。店主の宮本さんは、もともとはうどんの屋台を引いていましたが、東京で流行っていた支那そばを学び、もっとコクを出せないかと、出身地の長崎県にあるちゃんぽんのスープをヒントに、「豚骨スープ」を考案します。ただし、この時の豚骨スープは、透き通ったスープでした。その後、昭和22年に久留米に開業した「三九」の店主が、弱火で沸騰させずに作るべきスープを、外出の際にうっかりと、強火で長時間沸騰させてしまったところ、白濁したスープになってしまいました。これが元となって、現在の久留米ラーメンの主流である「白濁豚骨スープ」が偶然生まれることとなります。

(41)佐賀県

佐賀ラーメン

  • 地域エリア:  佐賀県
  • 由来や定義:  九州ラーメンのルーツは「南京千両」ですが、「佐賀ラーメン」のルーツは昭和27年に佐賀市唐人町に創業した「北京千両」と言われています。一方で、白濁した豚骨スープを考案した久留米の「三九」の店主の弟が、昭和30年に佐賀で「三九軒」を開業し、また「三九」ののれんを伝承した店主が、その後熊本へと移り(玉名ラーメンのルーツ)、さらに昭和31年には佐賀へと転居した経緯もあって、佐賀ラーメンも、他の九州ラーメンと同様に、久留米ラーメンの影響を強く受けているようです。また、佐賀は、製麺機発祥の地とも言われています。

(42)長崎県

長崎ちゃんぽん

  • 地域エリア:  長崎市、長崎県
  • 由来や定義:  明治32年に長崎で開業した中華料理店「四海楼」の創業者が、同郷の留学生たちに安くて栄養のあるものをと、福健省の麺料理「湯肉絲麺」をベースに、様々な地元で獲れる食材を加えてちゃんぽんを作ったのが、長崎のちゃんぽん、つまり「長崎ちゃんぽん」誕生の由来と言われています。なお、出前がしやすいようにと、ちゃんぽんの汁を減らしてアレンジを加えた料理が「長崎皿うどん」であり、同じく四海楼の店主が考案したものと言われています。長崎では、このちゃんぽんが人気を呼び、徐々に広まって、今では長崎市内でちゃんぽんを提供する店は千軒以上もあるとのことです。その後、長崎のちゃんぽんは全国各地の麺料理に影響をもたらし、各地の食材を生かした地域独自のちゃんぽんも生まれています。長崎県内でも、小浜温泉(雲仙市)で湯治客に提供された長崎から伝わったちゃんぽんは”小浜ちゃんぽん”と呼ばれたり、平戸では”平戸ちゃんぽん”と呼ばれるようになっています。また、天草ちゃんぽんや彦根ちゃんぽん、八幡浜ちゃんぽんなど、全国各地にバラエティに富んだちゃんぽんがあります。

(43)熊本県

玉名ラーメン

  • 地域エリア:  玉名市、その周辺
  • 由来や定義:  久留米ラーメンの白濁豚骨スープの生みの親と言われる「三九」、その暖簾を伝承した店主が、昭和27年に熊本県玉名市に移転・開業したのが、「玉名ラーメン」(たまなラーメン)の原点とされています。この玉名ラーメンは、後々、熊本市等へも伝わったとも言われています。濃厚な豚骨スープと、中細ストレート麺が特徴です。
    2006年に、玉名市内のラーメン専門店を巡るスタンプラリーが開催され、翌年に、そのスタンプラリーに参加した16店で「玉名ラーメン協議会」が設立されました。玉名ラーメン協議会と市内の食品製造業者は、共同で即席「玉名ラーメン」を開発発売し、「たまなブランド」の認定商品にもなりました。熊本県では、県庁所在地である熊本ラーメンに注目が集まりがちですが、そのルーツは玉名にあると、玉名市では市民一丸となって玉名ラーメンの普及に取り組んでいます。

熊本ラーメン

  • 地域エリア:  熊本市、その周辺
  • 由来や定義:  久留米ラーメンが玉名へ伝わった経緯は「玉名ラーメン」の由来に記しましたが、その玉名の「三九」のラーメンを学んで昭和28年から昭和30年にかけて熊本に店を構えたのが、「松葉軒」や「こむらさき」、「桂花」などで、これらの店が”熊本ラーメン”の基礎を築いてきました。特に関東進出の先駆けを果たした「桂花」のチェーン店が、その看板に「熊本ラーメン」と掲げたことで、熊本ラーメンという呼称が全国に広まるきっかけとなりました。

(44)大分県

佐伯ラーメン

  • 地域エリア:  佐伯市
  • 由来や定義:  多くの九州の豚骨ラーメンは、久留米をルーツとする福岡のラーメンの系譜と言われていますが、佐伯市は、大分県の中でも道路事情によりアクセスが困難な地域であったためか、佐伯のラーメンは特に当地域独特の発展を遂げてきました。特に、これが「佐伯ラーメン」であるとされる特徴がある分けではありませんが、地場産業である造船業や漁業などの肉体労働者に好まれる嗜好に沿って、地域の風土に合ったラーメン文化が広がってきたものと思われ、むしろ店ごとの多様性が佐伯のラーメンとなっています。人口7万5千人の市内に、今では50を超えるラーメンを提供する店があるとされ、「東京ラーメンショー2013」では全国第3位に輝いた実績もあります。そこで、2015年3月に、東九州自動車道の佐伯IC~蒲江IC間の開通し、それに合わせて夏に「おおいたデスティネーションキャンペーン」が実施されることから、佐伯市では「味力全開!」をキャッチフレーズに、周遊型観光の推進を図ることとして、その一環として大分県技術・市場交流プラザ佐伯のラーメン好きのメンバーが「ラーメンマップ制作委員会」を組織して、「佐伯のラーメンマップ」を作成しました。

(45)宮崎県

宮崎ラーメン

  • 地域エリア:  宮崎県
  • 由来や定義:  他の九州ラーメンと同じく、福岡の白濁豚骨ラーメンが熊本を経由して、宮崎に伝わり、「宮崎ラーメン」として、当地のラーメン文化が形成されていったのではないかとされています。ただ、これが宮崎ラーメンであるとされるような、明確な定義がなされている分けではありません。2007年に、日清食品からカップ麺「行列のできる店のラーメン 宮崎」が商品化されたことで、他の九州各県のラーメンと対峙して、宮崎ラーメンという呼び名が全国に広まることとなりました。

(46)鹿児島県

鹿児島ラーメン

  • 地域エリア:  鹿児島県
  • 由来や定義:  ラーメン好きで知られる鹿児島県内にも、今や様々なオリジナリティ溢れるラーメン店が出来て、その中には福岡のラーメンの系統を汲む、いわゆるトンコツ九州ラーメンの店も少なくありませんが、鹿児島のラーメンの発祥と言われる、昭和22年開業の「のぼる屋」や昭和24年開業の「こむらさき」(宮崎や熊本の「こむらさき」と関係はない)から広まった、狭義の「鹿児島ラーメン」は、実は九州内で唯一、久留米ラーメンをルーツとしていない、独自に誕生したラーメンであると言われています。「のぼる屋」の創業者は、看護婦をしていた横浜で、患者だった中国人の料理人にスープ作りを習って、地元で開店しました。スープは、豚骨を中心に、トリガラや野菜を加えて優しい風味に仕上げ、麺はカンスイを使わない白っぽい麺が使われていました。一方の「こむらさき」も、独自に創作されたラーメンで、麺はビーフンの製法を参考に作られましたが、やはりかん水を使っていませんでした。こうして生まれた、かん水を使わない麺で、豚骨ベースに鶏ガラや野菜が加わったマイルドなスープこそが、鹿児島ラーメンの本流であると言いたいところですが、決して鹿児島のラーメンのスタンダードとなるまでの地位は、確立していません。こうした要素も取り入れた、バラエティに富むスタイルこそが、鹿児島ラーメンの魅力とも言われています。

(47)沖縄県

沖縄そば

  • 地域エリア:  沖縄県
  • 由来や定義:  独特の食感と味を持つ「沖縄そば」ですが、そのルーツは他のラーメンと同様に、明治以降に中国人によって提供された「支那そば」であるとされています。それが、沖縄県民の味覚に合わせて変化していく中で、本土のラーメンとは違った、現在の沖縄そばのスタイルが形成されていきました。沖縄で、「そば」(すば)と言えば、この沖縄そば(古くは”琉球そば”とも)のことを差し、蕎麦は「日本そば」などと呼ばれて区別されていました。1970年代には、行政から「そば」と呼ぶことに公正取引上問題があると指摘されますが、地元の願いの下、沖縄県内で生産され仕上げに油処理を行うことなどを条件として、特殊名称として「沖縄そば」の呼称が認可された経緯があります。ちなみに、沖縄そばの麺は、小麦粉にかんすい(または灰汁)を加えて打って作られ、製法も製品分類上も中華麺と同じものと位置付けられます。
    昔はかん水が貴重だったため、代わりにガジュマルなどの薪を燃やして作った灰汁で”そば”が打たれていた時代もあり、今では”木灰そば”と呼ばれて、当時の伝統的な製法を伝えるメニューとなっています。また、使われるそば(麺)の太さや形、盛りつけられる具材や味付けなどが、地域や島によって異なることから、一括りに「沖縄そば」と言っても、”八重山そば”や”宮古そば”、”大東そば”、”久米島そば”、”名護そば”、”首里そば”、”那覇そば”、”与那原そば”、”山原そば”など、多種多様な「そば」が存在しています。さらに、具材としては通常は三枚肉が用いられますが、ソーキを載せた”ソーキそば”や”軟骨そば”、”てびちそば”、”中味そば”(もつそば)、”野菜そば”、”ゆし豆腐そば”などと呼ばれる、沖縄そばのメニューも多様です。

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