各回の放送内容(あらすじ)と、ロケ場所となったお店の名前や取り上げられた名物・特産品の情報を集めてみました。
「鶴瓶の家族に乾杯」は、NHK総合テレビで、毎週月曜日の夜7時57分から放送されている、バラエティ番組です。
「家族」をテーマにして、司会の笑福亭鶴瓶さんとその時々のゲストが旅人として田舎を訪れ、地元の人々と触れ合いながら、ステキ(素敵)な家族を求めて日本中をめぐる、“ぶっつけ本番”の旅番組です。
今後の放送予定や、収録地・出演者(ゲスト)、再放送の予定などは、「放送予定のロケ地とゲスト情報!」のページをご覧ください。
旅のゲストは、ミュージシャンの 奥田民生(おくだ たみお)さん。広島県広島市出身の59歳、放送日の5月12日が誕生日で60歳になります!。中学生からバンドを結成、20歳の時に同郷の川西幸一さんらが結成した「ユニコーン」にボーカルとして加入します。ユニコーンはすぐにソニーミュージックのオーディションに合格し翌1987年に広島から上京、アルバム『♪BOOM』でデビューを果たしました。ユニコーンはその後も数々のヒット曲を生み出し多くのバンド・ミュージシャンに大きな影響を与えますが1993年に解散、奥田さんはソロ活動を開始し翌1994年にシングル『♪愛のために』でソロでもミリオンセラーを達成します。1996年には音楽プロデューサーとして「PUFFY」をデビューさせ大ヒット、プロデューサーとしても注目を集めました。2025年、吉川晃司さんとユニット「Ooochie Koochie」(オーチーコーチー)を結成、再び注目が高まっています。
今回の旅の舞台は、新潟県 燕市(つばめし)。新潟県のほぼ中央で新潟市のすぐ南、昨年4月の放送で中条あやみさんがゲストで旅した三条市の西側に位置しています。県下有数の工業都市で、隣接する三条市と共に古くから金属加工業で栄えました。とりわけ燕市にはステンレス製品の加工業者が数多く立地し、特にカトラリーなど金属製洋食器は日本国内の生産量の90%以上を占めています。なぜ奥田さんが燕市を旅先に選んだのか定かでありませんが、過去にファンクラブの会員向けグッズでカトラリーセットやステンレスボトルなどを配ったことがあるようで、奥田さんは金属食器などに拘りがあるのかもしれませんね…(汗)。もう一案はラーメン好きという奥田さん、2015年に発足したインディーズ・レーベル「RAMEN CURRY MUSIC RECORDS」も自身が好きな食べ物やモノを組み合わせた名前なんだとか。新潟5大ラーメンで知られるラーメン王国・新潟県において、燕市は「燕背脂ラーメン」が名物!。本場でラーメンを堪能したいと願ったとか?(笑)。
ゲストは、ユニコーンでデビューしソロ活動も30周年を迎えた奥田民生さん。旅の舞台は金属加工等のものづくりと背脂ラーメンで有名な燕市。冒頭で鶴瓶さんと出会った奥田さんは、「テレビに出るとすれば乾杯」と明かします。地元民からラーメンの名店の情報をもらった2人は、警察公認で地元をパトロールしている男性に店まで送ってもらうことに。ラーメンに舌鼓を打った後、銅器を作る有名な工房へ。そこで見せてもらったやかんの値段にびっくり!。
ロケが行われたのは、2025年4月1日(火)。基本的に人見知りなのでロケ番組はしないという奥田さんですが、ここ10年で人見知りは克服したと思っているので今日のロケで実証したいとか(笑)。NHKから30周年の記念に番組への出演を打診された奥田さん、『出るんだったら“家族に乾杯”かなぁ…』と答えたそうですが、鶴瓶さんに『それやったら音楽の番組あるやんか!』と突っ込まれると、『テレビで音楽をやるのが一番苦手、この番組なら音楽やらなくて済むじゃないですか』と(笑)。奥田さんが燕市を旅先に選んだ理由の一番はやはりラーメンだそうですが、もの作りで有名な燕市ですが、その物を作るためには必要な物が必ずあって、奥田さんはその必要な物を作っている人に会いたいんだとか…(笑)。
鶴瓶さんと奥田民生さんが待ち合わせたのは、新潟県燕市水道町。何やらコンクリートの大きな塔の下で二人は出会いますが、この塔は登録有形文化財になっている「燕市旧浄水場配水塔」だそうです。さて何処に行こうかと悩んだ二人は、目の前にあった「燕市中央公民館」で聞いてみることに!。2階の事務所を訪ねると、20年前に奥田さんのコンサートに行ったことがあり今でもお弁当入れに奥田さんのグッズを使っているという女性ら大勢の職員の方に歓待された二人、燕市の名物といえば“背油ラーメン”で石黒課長の行きつけは「大むら支店」というラーメン屋であることや、公民館の玄関に貼られていたやかんを作っているポスターの写真は「玉川堂」だろうと教えてもらいました。
鶴瓶さんと奥田さんは、さっそく教えてもらった背油ラーメンの人気店「大むら支店」へ向かうことに!。公民館の駐車場で出会ったのは、さっき事務所で見かけた岡部さん、乗り込もうとしていた車はパトカー?。見た目はほとんどパトカーと同じように見えますが、完全に岡部さんの私物で警察からはガソリン代も出ないそうです(笑)。これは新潟県警から認可を受けた民間パトロール車両「防犯防災パトカー」といい、阪神・淡路大震災をきっかけに岡部さんが代表となって立ち上げた「新潟レスキューバイク隊」では平時に青色回転灯装備車(四輪青パト車)やバイクで子ども達の登下校時のパトロールなど地域安全活動に取り組んでいるんだそうです。そこで二人はせっかくだからと防犯防災パトカーに乗せてもらい、岡部さんにラーメン屋まで送ってもらうことに(笑)。
しかし二人がラーメン店「大むら支店」を訪ねてみると、テレビ取材はNGと入店を断られてしまいました…。仕方なくラーメンを断念した二人は、次はやかんなど鎚起銅器を製造している「玉川堂」を訪ねようと、まだ近くにいた岡部さんを呼び止めると再び防犯防災パトカーで玉川堂へ送ってもらうことに!(笑)。
防犯防災パトカーの中で食べられなかった背油ラーメンを惜しむ二人を見かねた岡部さん、近くにやはり人気の「福来亭」があるからと立ち寄ってくれることに!。鶴瓶さんと奥田さんが福来亭白山町店を訪ねると、今度はすんなり入店することが出来ました。迎えてくれたのは、このラーメン店を営む矢澤さんご夫妻と娘さん、手伝いに来ている矢澤さんの妹の飯塚さん。二人は人気の中華そば(800円)とチャーハンを分けあうことに!。三代目になるという矢澤さん、町工場への出前注文が多かった昭和40年頃にラーメンが伸びにくい様にと太麺を使い、冷めにくい様にコーティングに背油を多めに使うようになったと教えてくれました。とても美味しいと鶴瓶さんと奥田さん、二人ともラーメンをすする箸が止まりません(笑)。そこへ二人にチャーハンを運んできてくれたのは娘さんと結婚予定という久木野さん、店を継ぐため今はチャーハン作りを担当しているそうです。奥さんはフィリピンの人だと聞いた鶴瓶さん、馴初めをご主人に尋ねると、なんとお父さんが店長をしていた当時はラーメン店を手伝いながらフィリピンパブの店長もしていたそうで、お店の子に紹介してもらったんだとか(笑)。
福来亭で燕背油ラーメンを堪能した二人は、次は自前のロケバスに乗って銅のやかんを作っているという鎚起銅器製造の「玉川堂」を訪ねます。工場をイメージしていたという奥田さんですが、着いてみると古い木造の立派なお屋敷でビックリします。迎えてくれた番頭の山田さんによると、玉川堂は代々玉川(たまがわ)氏が代を継いでいるそうですが、初代は也寛屋(やかんや)覚兵衛という屋号からスタートしたんだそうです。ステキな屋号と鶴瓶さん、自分も「やかんや鶴瓶」に改名しようかと(笑)。もともとこの近くに銅山があったことが燕三条で金属加工が栄えたきっかけのひとつだそうで、銅のやかんは熱伝導に優れているのはもちろん、水との相性がよくてお湯がまろやかになるんだとか。飾られていたやかんを見せてもらうと、とてもいい色合いでステキなやかんに惚れこんだ奥田さん、ぜひ買って帰りたいと言いだします!。並んで置かれていた二つのやかんの色が違うのは何故かと尋ねると、銅色のきらびやかな色を放っている方が最近作られたやかんで、渋い銅色の方は50年前に作られたやかんで経年で色が変化してきたものなんだとか。やかんの側面に出来た突起は“コブ”といってわざと作られたもので、一般的なやかんは本体と注ぎ口が別々に作られて溶接されていますが玉川堂の鎚起銅器は一体型になっています。さてお値段は?と尋ねると、新しく見えたもので12万円+消費税だそうで、買って帰りたいと言っていた奥田さんは『ひゃーぁ!』と手を叩いてビックリ。さらに年紀の入ったやかんは85万円と聞いて、『マジ?』と(笑)。
続いて鶴瓶さんと奥田さんは、現在21名の職人が働いているという工房を見学させてもらうことに!。1枚の銅板を叩いてやかんの形に仕上げるため、工房の中では金槌の叩く音がひっきりなしに響き渡っています。職人さんがそれぞれ向かっている木の台には様々な形や方向の穴が無数にあいていて、そこに200種類もある鉄の棒を挿して形を整えるんだそうです。ちょうど今日から働き始めたという猪熊さんに話を聞くと、三条市の出身で美大で金工(鍛金)を学び玉川堂で働きたいと志したんだとか。長いこと見学させてもらい職人さんにも話を聞いた二人ですが、結局やかんは一つも買わず、鶴瓶さんは“やかん屋鶴瓶”に改名することもなかった様です…(笑)。
ここでスタジオから、新潟県燕市の魅力を紹介。ビデオ紹介してくれるのは、この番組にこれで3度目の出演(長岡市、三条市、燕市)となる新潟県を拠点に活動しているラジオパーソナリティの「さとちん」さん。燕市では誰もが知る人気者で、最近キーホルダーにもなったとか(笑)。
燕市のグルメは“背油ラーメン”だけでは無いとさとちんがお薦めしてくれたのは「釜めし」。昭和30年代の高度経済成長期、ヤスリを作っていた工場が釜飯を売り出したところ職人の間で大ブームに。以来名物となり、おめでたい日に燕市の皆さんは釜飯を食べるそうです。
次に紹介してくれたのは、さとちんもお世話になっているという「大河津(おおこうづ)分水」。市内を流れる大河津分水は信濃川の分流ですが、実は大正11年にできた人工の川。かつては3年に1度の洪水を起こし暴れ川と恐れられていた信濃川ですが、その河口近くの水量を減らそうと途中で最も海と近くなる場所で海へと分水させる水路を造ったのです。完成までに15年もかかる大事業でした。この分水おかげで燕市はもちろん新潟県全体が安心して暮らせる場所になりました。
続いてのさとちんの推しは、“燕市の東京タワー”こと「オリロータワー」。起伏のない土地が広がる燕市でとっても目を引く約50メートルの塔、これは避難器具を作るメーカーのオリロー株式会社の実験施設。学校やマンションなどに設置されている避難はしごや救助袋などの製品試験を行っています。さとちんも8mの高さから緩降機という避難器具を体験させてもらうと…、『あ゛ぁー・ひゃー』と悲鳴のあらしでした(笑)。
ここで二人は別れ、一人旅に!。
ひとり旅になった奥田さんは次に何処に行ったらいいかと玉川堂の山口さんに相談すると、ノーベル賞で使われるカトラリーを作っている会社が近所にあると、電話してアポを取ってくれました。
奥田さんが訪ねたのは、洋食器メーカーの「山崎金属工業」。急いで外出先から戻ってきてくれた副社長の山崎さんが迎えてくれて、会社内を案内してくれることに。まず2階のギャラリーに行ってみると、そこに展示されていたのはノーベル賞の記念晩餐会でのテーブルセット。お皿やナプキンなど含めてこのセット一式を“ノーベルテーブル”と呼ぶそうですが、基本的にノーベルテーブルは全部が自国(スウェーデン)製と決められていたもののナイフ・スプーン・フォークだけはスウェーデンに良い物を作れる会社がなかったため、ノーベル賞創設90周年となった記念の1991年ノーベル賞晩餐会にて日本の“ヤマザキ”のカトラリーが唯一の外国製として採用されることになったんだそうです。隣に展示されていたのは、2023年のG7財務大臣・中央銀行総裁会議が新潟で開催された際に大臣級と事務次官級の記念品として配られたカトラリーセットだそうです。実は山崎金属の初代は玉川堂の三代目に弟子入りしてから独立して食器メーカーを創業したそうで、当時はやかんの様に手で叩いてカトラリーを作っていた技術を表現したデザインになっているんだとか。
次に山崎さんが『これ、今すごい人気です』と紹介してくれたのは、なんと奥田さんがラーメンと共に大好きなカレーを食べる「カレースプーン」。365日カレーを食べている様なカレーが大好きな人や有名なカレー専門店の意見を取り入れながら4年かけて開発したというカレースプーンは、最後のごはん1粒まできれいにすくえるためにスプーンの先が少し反って尖っている形が特徴的です。『カレーを食べるのに最高にイイです!』と更に熱く語り始めた山崎さん(笑)、ジャガイモなど大きな具はスプーンを横にせず立てたまま切れてコロコロとならないし、さじ部分はゴハンとルーと具がバランスよく乗る絶妙な深さになっていて、某カレーチェーン店の人いわく『この深さはカレーを美味しく食べるための“黄金比”が出ている』とか。さらに“口抜け感”が抜群で、時間があればぜひ奥田さんにも“口抜け体験”をしてもらいたいそうです!(笑)。
鶴瓶さんは地元の商店街を訪ねたいと、ロケバスの運転手さんに案内してもらった「吉田商店街(PDF)」で車を降りて歩き出します。すると一軒のお店の玄関先にいた年配の女性二人を見つけて訪ねると、そこは元は床屋だった山本さんのお店で、同じく理髪店を営んでいて高齢になって辞めた近藤さんが遊びに来ていたところでした。コーヒーを淹れてもらい飲みながら話を聞くと、二人は同じ理容学校の同級生なんだとか。仕事を辞めて4-5年経つそうですが、彼氏もいないのでこうして集まっては思い出話に花を咲かせているんだとか(笑)。【後編へ つづく】
前編の再放送は、5月24日(土)午前10時40分から、NHK総合で放送予定です。
紹介してくれたのは、燕市を拠点に活動するラジオパーソナリティの さとちんです。
ゲストはソロ活動30周年を迎えた奥田民生さん。まずはノーベル賞の晩さん会でも使われるハイクオリティなカトラリーを作っている会社で丁寧に磨き上げたスプーンの口抜け体験を。そのあまりの滑らかさに奥田さんは衝撃を受けます。続いて超レアな古~いバイクが並べられた修理店で、この道50年というメカニックとバイクトークで盛り上がります。一方の鶴瓶さんは街を元気にしようと商店街でイベントを開いている設計士の男性とそのお仲間に出会います。
ラーメンとカレーと音楽が大好きで「RAMEN CURRY MUSIC RECORDS」という名のレーベルを立ち上げた奥田民生さん、ラーメンとモノづくりで有名な旅先の燕市で偶然訪ねた山崎金属工業で究極のカレースプーンがあると知り、その“口抜け感”を体験させてもらうことに!(笑)。
副社長の山崎さんによると、カレースプーンを作るにはプレスだったり磨きだったりと様々な工程があるものの何が使い心地等に影響を及ぼしているのか分からないため、まずスプーンを使った時に脳がどう反応しているかを知ろうと脳波測定を行ったそうです。その検証ビデオを見せてもらった奥田さん、普及品のカレースプーンでも山崎金属が磨いたら金属臭が減って脳が感じる口抜けの心地よさは3.9倍になることを(つまり逆に、普及品ではストレスを3.9倍も感じることを)知りました。そこで今度は実際に、コーヒーゼリーをカレースプーンで食べ比べてみます。まず普及品のカレースプーンで、そして次に同じ普及品を同社で磨いたスプーンでゼリーを食べてスプーンを口から抜くときの口内や唇の感覚を比べてみると、確かに、明らかに、ぜんぜん違うそうです!(笑)。
吉田商店街をぶらつく鶴瓶さん、通りかかったカフェの中にいた女性から歓声が上がったのを喜んでお店へと入って行きます(笑)。そこは7年前にUターンして開業した蓮沼さんの建築設計事務所「Hasunuma Design Factory」で、併設して一緒に吉田商店街を盛り上げようと街づくりにも取り組むためのカフェとハンドメイド雑貨の店「Toko Toko」を開いたんだそうです。カフェを任された鳥羽さんは“いちび通り”でむかし1と6の付く日に開催されていた朝市を復活させようと「トコマルシェ」を開催、ふだん全く人通りがない吉田商店街にそのマルシェの時は1000人もの人が集まるんだとか。
蓮田さんから今度は隣の元小料理屋だった家と隣接する空地を買って複合施設にリフォーム中と聞いた鶴瓶さん、その家を見せてもらうことに。昭和9年に建てられたという小料理屋は階段の幅も広く宴会場だったであろう広い2階は6部屋のシェアハウスに改修予定で、来年の着工を目指して現在設計に取り組んでいる最中だそうです。
スプーンの口抜け体験で、同じスプーンでも山崎金属工業で磨かれたスプーンは口抜け感がぜんぜん違うことを実感した奥田さん、今度は工場を訪ねその磨きの工程を見学させてもらいます。スプーンを磨くための回転やすりは小さいものから大きいものまで様々あり、1本のスプーンを磨くだけでも道具を十数回取り替える必要があるんだとか。そして磨きは全てが人の手作業、常に人が状態を確認しながら磨くことがミソ。
次に見学させてもらったのは検査場。二人の女性がスプーン一本一本を目で見たり手でなでたりしながらチェックし、もし磨き足りない所などが見つかったら赤いペンで印を付けていきます。その赤い印が付けられた場所を目を近づけて見させてもらいますが、老眼の奥田さんには何がダメなのか全く分かりいません…(笑)。若い女性はまだ1年目だそうですが、なんと隣のベテランの女性は50年もこの仕事をしているそうです!。
今年で創業107年目となり山崎さんの代で4代目、部品に組み込まれるものではなく直接人の手に触れるものを作れることはものすごくやりがいがあると聞いた奥田さん、音楽は受け継げないし同じものを作り続けてもダメなので、後を継いで長年続けられるという事がうらやましいと感心しきり。そして奥田さんはスプーンを買って帰ることにしますが、山崎さんから3種類入ったカレースプーンのセットをプレゼントされ、『そうですかぁ、ありがとうございます』とすんなり支払いを引っ込めた奥田さんでした(笑)。
究極のカレースプーン「カレー賢人」シリーズには3種類のスプーンがあるそうです。ティアドロップ型デザインの「キャリ」は、具とルーとライスの“黄金比”を作る皿形状が最大の特徴。また「サクー
」は左右非対称の皿形状で、右肩上がりにスプーンの縁が上がっていることで右手で持って大きな具材を簡単に切り分けつつルゥの飛び跳ねも抑えられます。一方の「ヒダリー
」は、左手で持って使いやすいよう左肩上がりになっています。
鶴瓶さんが蓮沼さんらに案内してもらい次に訪れたのは、昭和7年に建てられたという旧湧井医院だった古い木造の建物、大正から昭和初期にかけての建具や町医者の雰囲気がそのまま残されています。こちらでは古い空き家の解体やリフォームを手掛ける中で出てきた古道具などを持ち込み展示販売しているそうで、食器や古いレコードプレーヤーなんかもあって、実際にレコードをかけて音楽を流したりコーヒーを淹れて出したりしているそうです。
燕市で何か珍しい道具を買って帰りたいと奥田さん、車を走らせていると何かのカンが働いたのか、西燕市駅の近くで車を降りて歩き始めます。すると見つけたのは、ガレージ内に古いオートバイ(旧車)が数多く展示されていたオートバイ・自動車の販売修理店「小柳商店」。昭和45年製の「Honda CB750(K0)」もあります!。事務所に回って声を掛けると、店番をしていた小野寺さんの奥さんがガレージを開けて中に招き入れてくれました。すると3本マフラーが特徴のカワサキの「MACH(マッハ)III」や、4気筒4本マフラーの旧車を見つけ興奮する奥田さん、子供ながらにマフラーはいっぱい出ていた方が嬉しいんだそうです(笑)。ただ奥田さんは400ccの中型バイクまでしか乗れない中免(普通自動二輪免許)なので、これらの旧車は乗れません…。
そうしていると外出していた店主の小野寺さんが戻ってきて、奥の工場にもまだ沢山旧車があると案内してくれました。これは割と最近のオートバイと紹介してくれたのは昭和49年のカワサキ「W3(ダブサン)」。昨今の旧車ブームで、最近は十数年乗っていないバイクを動くように修理してほしいという依頼が多いそうで、部品がないのでかき集めて何とか間に合わせているそうです。
引き続き吉田商店街をぶらつく鶴瓶さん、すると吉田駅前にある「明光義塾」へ行く途中という中学3年生の森口さんが一緒に写真を撮って欲しいと声を掛けてくれました。写真を撮ったのち塾に向かって一緒に歩きながら、この4月から高校生という森口さんに中学生生活はどうだったかと話を聞くと、生徒会長も務め仲間にも恵まれ充実した3年間だったそうです。そのしっかりとした受け答えにスタジオでビデオを見ていた奥田さん、『オレよりこの高校生がレギュラーでいいじゃん…』と関心しきり。鶴瓶さんが『やったことあんの、生徒会長?』と尋ねると副会長だったという奥田さん、それを聞いて『副会長ってこんな感じやわ、そう言うたら(自分は)上方落語協会の副会長やった』と鶴瓶さん(笑)。
鶴瓶さんが住宅街を歩いていると、普通のお宅の様ですが玄関に営業日を知らせる張り紙が貼られた家を見つけ中を覗き込んでみると、ちょうど中にいた長田さんの奥さんが大喜びで招き入れてくれました!。この2階で86歳になるお義母さんが美容院を営んでいると聞いて上がらせてもらうことにした鶴瓶さん、2階の美容室で長田さん母嫁から話を聞きます。十代の頃からほぼ70年美容師をしているというお義母さん、実家は八百屋だったそうですが長田家の先代のおばあちゃんが訪ねてきて『なあほらちこなおわっちにこつ』(チコ、うちに美容師に来い)と言われ嫁に来たんだとか(笑)。
再び街をぶらつく鶴瓶さん、大きく立派な古民家を見つけますが空き家かと思いきや、そこは今でも八百屋を営んでいる「八百竹」でした。店で迎えてくれたのは76歳になる店主の竹田さんと奥さん、二代目で店は60年になるそうです。鶴瓶さんは昔はイケメンだったろうと思われるご主人に、ご夫婦の馴れ初め話などを聞きました。
鶴瓶さんは他にも吉田商店街の近くを歩き回り、「植木電機店」を訪れて奥さんに話を聞いた様です。
再び何でもいいから“工具”が買いたいという奥田さん、ロケバスの運転手さんが連れてきてくれたのは大きな工場が建ち並ぶ小関地区。そこで見つけたのは「新潟県央マシンセンター」という看板の建物、きっとあらゆるマシンが置いてあるのだろうと訪ねてみることに(笑)。
応対してくれたのは常務の酒井さん、広い展示場には大きな機械が沢山並んでいて、工場で使う様々な中古の機械が売られているそうです。酒井商店では工場で使われなくなった機械を仕入れて修理し、国内だけでなく海外にも販売しているんだとか。大型のフライス盤や切断機のほか、数多くのボタンが並んだ操作盤が“萌える”とレーザー加工機など目移りしますが、さすがに100万円以上するし新幹線では持って帰れないと奥田さん(笑)。
そこで酒井さんに自分にも買えるものが無いかと相談すると、工具類があると様々な古い工具が積まれた棚へと案内してくれました。その棚にあった巨大なスパナ等を目にした奥田さん、『これはーいいよ…、ほら、(欲しかったのは)こういうのよ!』と大喜び(笑)。その古い工具の山の中から奥田さんが選び出したのは、単体では使い道がないU字型をした止め金具と、取っ手型の強力磁石、そして『ムダにカッコいいなぁ~』と感心した握ると先端が開くペンチの様な工具、奥田さん的には『たぶん閉じているものを開くための工具ですよねぇ、鼻の穴を広げるぐらいしか使い方が思いつかない』と(笑)。ひょっとして、C型ロックリングを外すための「ロックリングプライヤー」でしょうか?…。事務所に行って料金を支払おうと財布を広げた奥田さん、値段を尋ねると3点セットで300円だそうです!(笑)。
番組の最後に小野アナウンサー、ロケ時に番組スタッフがスタジオに飾りたいからと酒井さんに何点か買いたいと相談すると『要らないもので、よかったら持ってってください』と言われて6点の工具を後ろに飾っているので、奥田さんに持って帰って欲しいと…(笑)。巨大なメガネレンチを手にして大喜びする奥田さんですが、『これで締めたくても、暮らしていく中でこれに合うこんな大きなネジが無い』と言うと『街歩いてて、これがはまったら開けたらええねん』と鶴瓶さん、『東京タワーとか?』と…(笑)。他には、かっこよくペインティングされたSFチックな溶接面もありました。
後編の再放送は、5月31日(土)午前10時40分から、NHK総合で放送予定です。
番組内で紹介された 燕市の名物など
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