鶴瓶の家族に乾杯 | 新春コラボ2022年 NHKをブラブラ乾杯!

各回の放送内容(あらすじ)と、ロケ場所となったお店の名前や取り上げられた名物・特産品の情報を集めてみました。

「鶴瓶の家族に乾杯」は、NHK総合テレビで、毎週月曜日の夜7時30分から放送されている、バラエティ番組です。
「家族」をテーマにして、司会の鶴瓶さんとその時々のゲストが旅人として田舎を訪れ、地元の人々と触れ合いながら、ステキ(素敵)な家族を求めて日本中をめぐる、“ぶっつけ本番”の旅番組です。

今後の放送予定や、収録地・出演者(ゲスト)、再放送の予定などは、「放送予定のロケ地とゲスト情報!」のページをご覧ください。

 令和4年1月2日(日)午後10時から放送 新春特番 ブラタモリ×鶴瓶の家族に乾杯 新春コラボ2022年 ~NHKをブラブラ乾杯!~

年の初めは「ブラタモリ」と「鶴瓶の家族に乾杯」、2つの旅番組が夢のコラボ!。タモリさんと鶴瓶さん、NHKの看板番組を持つ2人が、「同じ日」「同じ時間」「同じ町」を旅する新春特別番組も、今年の正月で7回目!。タモリさんは「土地の歴史・地形」をテーマに、鶴瓶さんは「土地柄・人柄」をテーマに、同じ日、同じ場所で旅します。しかし今年もコロナ禍にあって、街中でのロケが出来ません。そこで今年の新春スペシャルは、今回は東京渋谷・NHK放送センターを二人でブラブラして巡ることに!(笑)。

今年度のテーマは、「NHKをブラブラ乾杯」。タモリさんと鶴瓶さんは、リハーサル中の別番組のスタジオや、アナウンス室、ドラマの効果音を作る職人の部屋など、いつもは見ることが出来ないNHKの裏側を訪ねます。後半は、2人別れてそれぞれの旅へ(笑)。タモリさんはNHK放送センターが建っている地形について探る「ミニ・ブラタモリ」。鶴瓶さんは渋谷で注目を集める“奥渋”エリアで、「ミニ・ぶっつけ本番旅」を敢行します!。

これまで放送された過去の番組内容は、こちらをご覧ください。


番組は、タモリさんのスタジオトークからスタートします。鶴瓶さんは、今年も遅刻だとか…(笑)。ほどなく登場した鶴瓶さん、豪華なスタジオセットの前で二人がお互いをいじり合っていると、そこに差し出されたのは例によって「タモテバコ」。本日のお題は、『知っているようで知らない NHKの裏側とは?』。以前に、ブラタモリの放送の中でタモリさんが、『NHKの中をブラブラしても面白いと思う』と話したのが、今回の企画のきっかけだとか!。案内人は小野文惠アナウンサー、ナレーションは草彅剛さんです(笑)。

ロケが行われたのは、令和3年11月30日(火)。最初に訪れたのは、「あさイチ」の収録スタジオ。時間は午後の2時ですが、毎日この時間に翌日のリハーサルをしていると、リハーサルを中断して鈴木奈穂子アナウンサーが応対してくれました。なお、博多華丸・大吉さんはおらず、華大さんは本番直前に打合せして生放送に望むそうです。すると、毎朝あさイチを見ているというタモリさん、番組に対して『クイズが多すぎますね』といちゃもんを付けます。朝の忙しい時間帯、何かしながら番組を見ていて『なるほどなぁ』と感心してテレビに見入ると、必ずそこで『さて ここでクイズです』と…。『早く結論を言ってよ!』とタモリさん(笑)。

次に案内されたのは、小野アナに大変ゆかりのある「アナウンス室」。ただ最近は、コロナ禍のリモート勤務で、週に1-2回顔を出す程度だとか。そこにいたのは、林田理沙アナウンサー。2018年4月から2020年3月までブラタモリのアシスタントをしていた林田アナは、タモリさんとは旧知の仲。現在は、平日の夕方に放送されている「首都圏ネットワーク」のニュースキャスターなどを担当中です。小野アナに、ブラタモリで一番思い出深いロケを尋ねられた林田アナ、『釧路湿原ですね』(2019年7月20放送)と!。タモリさんの地元では、博多弁で泥濘にハマることを『イボる』と言うそうですが、底なし沼にイボって『沈む!沈む!』と大層喜んだ林田さん、まるでゼリーの中に入った様だったとか(笑)。せっかくなので、アナウンス室を案内してもらうと、奥に並んであった小部屋は、机の上にモニターとビデオデッキが置かれた、まるでネットカフェの様。ここは、アナウンサーが原稿を読む練習をする「下読みブース」と呼ばれている部屋。その壁に貼られていたポスターに書かれていた標語は、『アナウンサー、尺のキープは勤務にも』(笑)。さらにその奥にあったのは、泊まり勤務のアナウンサーが仮眠をとる「仮眠室」。カプセルホテルの様な作りですが、寝過ごし防止のために目覚まし時計は2つあります!。

次に伺ったのは、「ラジオセンター」。ニュースや災害報道などを全国に発信している、NHKのラジオ放送の心臓部です。タモリさんと鶴瓶さんには、生放送中の「ごごカフェ」に飛び込み生出演してもらう予定だったのですが、急に別の放送が入ってしまい、ごごカフェのスタートが遅れてしまっているそうです…。スタジオの中にいたのは、スタンバイ中の武内陶子アナウンサー。全員で、タモリさんが好きでよく聞いていたという「気象通報」の話題で盛り上がります。『モッポでは 北北西の風、風力3』と、竹内アナも小野アナも最近までそのアナウンスを担当することがあったそうですが、現在は事前に収録した音声を合成して放送しているそうです。

次に訪れたのは「音響デザイン部」、ドラマをはじめ番組の音楽や効果音を制作しています。案内してくれるのは、音響デザイン部の吉田副部長さん。手作りで作る音を”生音”(なまおと)と呼ぶそうですが、この作業部屋では生音を録っているとか。例えば、大きな竹かごに小豆を入れてゆっくり揺らすと、『ザザー、ザザザァ~』とまるで本物の波の音の様に聞こえます。また、片栗粉と塩が入った野球の塁ベースの様な布袋をゆっくり踏むと、深く積もった雪の上を歩く時の『ギシィ、ギシィ』という音になります(笑)。階段は木と鉄の2種類がありますが、上まで登って行ってしまうと、指向性の強い高性能マイクでは音を拾えなくなってしまいます。そこで、その下の方の2段だけを使って、重心に注意しながら登ったり降りたりすることで、あたかも階段を登り続けている様な足音を作り出すんだそうです。部屋の片隅にあったゴミ屑らしきものは、昔使っていた6ミリテープを解いてクシャクシャと丸めて束にしたもの。それを踏むと、あたかも草の上を歩いたり山の中を走ったりする時の音が聞こえてきます。今日の収録作業は、時代劇ドラマの音づくり。例えば、撮影現場ではカメラの前にマイクが入ることが出来ず、その場で実際に馬が走っている音を収録することが出来ないため、大抵は映像に合わせて後から音を作って重ねているそうです。馬が走っている時の足音は、2つに割ったヤシの実を土を撒いた床に叩きつけて『パカパカ パカパカ』と作り出しますが、部屋中に土埃が舞い上がります…(汗)。そして、タモリさんと鶴瓶さんには、”ガヤ”の収録を手伝ってもらうことに。ガヤとは、その場に集まった群衆の、声になるかならない様なガヤガヤとした音のこと。まずは”ワヤワヤ”、全員で言葉にしない静かな声で、ぼんやりした音を作り出します。次は、全員で言葉を発しながら、”つぶ立ち”を収録。この”ワヤワヤ”と”つぶ立ち”を重ねることで、音に立体感が生まれるんだそうです。つぶ立ちで重要なことは、自分がどういうキャラになるのかを設定すること。関西弁の鶴瓶さんは、江戸に来た大阪人役、タモリさんは江戸の町人役、小野アナは町娘役を演じることに(笑)。2021年12月10日放送の「BS時代劇 剣樹抄~光圀公と俺~」における、変死体が発見された現場を取り囲む野次馬の群衆が映し出されたワンシーンです。皆さん、タモリさんと鶴瓶さん、小野アナの声が聞き取れましたか?(笑)。

さて、たっぷりとNHKの中を堪能したタモリさんと鶴瓶さん、次は建物の外へ出てみることに。すると、NHKの玄関先で二人が偶然出会ったのは、ビートたけしさん。なんと、タモリさんとたけしさんが会うのは、十何年ぶりらしいです。さすがはNHK!(笑)。「NHKセンター西門前」の交差点で一行を待っていたのは、現在ブラタモリのアシスタントをしている浅野里香アナウンサー。ここからは、鶴瓶さんはNHKのすぐ近くの「奥渋エリア」でぶっつけ本番旅、タモリさんは放送センターが建っている場所の地形の秘密を、ブラブラ歩いて探ります!。

奥渋エリアまずは、「鶴瓶の家族に乾杯」からスタート!。番組開始から25年、鶴瓶さんと小野さんの二人によるぶっつけ本番旅は初めての事です!。テーマソングは、さだまさしさんの『Birthday』、ナレーションは三宅民夫さん。そして、二人が旅するのは、NHKのすぐ傍、近年”奥渋”(おくしぶ)と呼ばれているエリアです。

何十年とNHKに勤めている小野アナも入ったことがないという路地を歩き出した二人、鶴瓶さんが見つけて『はい 集合!』と呼びかけたのは、学校帰りの小学生たち(笑)。「渋谷区立 神南小学校」の3年生という、裕彬くん、総一郎くん、翼くんの3人は、今日は学校でテストがあったそうで、裕彬くんは算数で100点を取って、将来は東大に行きたいそうですが、それを聞いた小野アナは『私 東大です』と自慢気(笑)。そこに、詩子ちゃんと彼女の二人の弟を連れたお母さん、9月にシンガポールから転校してきたいろはちゃんに、有美ちゃんも集まって来たので、みんなに小学校の校歌を歌ってもらう鶴瓶さんでした。

一方のタモリさんは、浅野アナと一緒にNHK放送センターの周辺をブラブラ。テーマソングは、井上陽水さんの『女神』、ナレーションは草彅剛さんです。NHK放送センターの西口玄関の先で、タモリさんと浅野アナに声を掛けてくれたのは、國學院大學博物館の准教授(考古学)である深澤さん。渋谷のことにとても詳しく、2021年10月放送のブラタモリ#186「渋谷~なぜ渋谷に人が集まるのか?~」にも登場してくれました。実は、NHK放送センターの構造に、この辺り一帯の土地の秘密が隠されているとか…。

代々木台地の縁(へり)に建つNHK放送センターには、東側と西側にそれぞれ玄関がありますが、東口の正面玄関のフロアは、西口玄関から入って4階のフロアになっています。そして、西口玄関の前を横切っている井の頭通りは、以前はNHK放送センターの場所にあった池を避けるように膨らんでカーブしていて、当時の名残の道が今も残っています。

奥渋エリアのメインストリート、神山町の神山商店会へとやって来た、鶴瓶さんと小野さん。お客さんが集うオープンカフェ「Coffee Supreme Tokyo」(コーヒースプリーム東京)の前で立ち止まった鶴瓶さん、店のカウンターの中にいた中畑さんに話し掛けます。開店して4年目になるそうですが、ここ2年はコロナ禍で時短営業を強いられ、今は朝の8時から午後の5時までの営業だとか。そんなに朝早くから営業していると知り、ビックリする鶴瓶さんですが、店員の今村さんによると、近所の方々がコーヒーを飲みに朝立ち寄ってくれるそうです。実際その場にいたお客さんは、近所で働いているという、アパレルやイラスト関係、雑誌の編集をしているという常連さん達でした。

次に鶴瓶さんが立ち寄ったのは、やはりオープンカフェ風の「CAMELBACK sandwich&espresso」(キャメルバック サンドウィッチ&エスプレッソ)。社長の成瀬さんに話を聞くと、店は6年前にオープンしたそうですが、当時はまだ”奥渋”という呼び名は無かったそうです。スタッフの遠藤さんは、以前もこの店で働いていたそうですが、カフェ文化が盛んなオーストラリアに2年間バリスタの修行に行って、1か月前に日本に帰ってきたばかりだとか。遠藤さんを快く海外へと送り出し、再び迎え入れてくれた成瀬さん自身も、やはり若い頃は10年間、アメリカのアリゾナ州にある寿司屋で働いていたそうです。アリゾナといえば、鶴瓶さんの大親友、故・十八代目中村勘三郎さんが別荘を構えていた場所。すると成瀬さん、中村勘三郎さんには大変お世話になり、何回も家に呼んでもらったことがあるそうで、その話を聞いて大層ビックリする鶴瓶さんでした(笑)。成瀬さんが働いていたのは、鶴瓶さんも知るスコッツデールにある「Hiro Sushi」(ひろずし)で、その経験を活かした和のテイストのサンドイッチが店の自慢だとか。この偶然の出会いは勘三郎さんの導きと、旧友に感謝する鶴瓶さんでした!。

四角い敷地のNHK放送センターの南角にやってきたタモリさん一行、ここから東に移動すると、昔から変わらない代々木台地の地形が感じられるそうです。確かに、結構な上り坂…(汗)。南角の標高は20メートル、代々木台地の一番高い場所にある東角の渋谷区役所前交差点の標高は32メートル、350メートルほどの区間で12メートル(NHKの建物の4階分)を登った計算になります。ここから先の東側の道は下っていて、南側に延びる公園通りもまた下っています。ここで深澤さんが見せてくれたのは、旧陸軍が作った古い図面。NHK放送センターがある場所は、明治の終わりから昭和にかけて旧陸軍の代々木練兵場があった場所で、その地図は軍の機密情報として明らかになっていませんでした。ところが、先のブラタモリ渋谷回の取材でこの地図が見つかり、NHK放送センターの辺りにあったと噂されていた、大きな前方後円墳の詳細な位置が判明したそうです。タモリさんと浅野さんのおかげで論文が1本書けると、二人に大変感謝する深沢さんでした(笑)。ちなみに、代々木練兵場が設置されたのは、1909年(明治42年)のこと。それが、終戦により練兵場は取り壊され、1946年(昭和21年)にワシントンハイツ(駐留アメリカ軍のための兵舎や居住施設)が設置されました。そして1959年(S34)、東京オリンピック1964の開催が決定、この場所に国際放送センターを建設することになり、1963年(S38)に建設工事が着工、ワシントンハイツは東京オリンピック施設(競技場や選手村)として日本に返還されました。そして、オリンピック後の1965年(S40)、国際放送センターはNHK放送センターとして生まれ変わり、現在に至ります。なんと、国際放送センター建設当時の映像が、NHKの映像アーカイブスに残されていました。工事が始まったのは昭和38年、東西に高低差があるため、膨大な量の土砂を削って土地を均す必要がありました。オリンピックの開幕まで僅か1年半、作業は急ピッチで進められ、昭和39年9月に、ようやく国際放送センターが完成しました。突貫工事でこれだけ立派な施設が作られ、それが未だに使われているという事実に、感慨無量のタモリさんと浅野アナでした(笑)。

とこや新たな出会いを求めて、薄暗くなった奥渋エリアをブラブラする鶴瓶さんと小野さん。前方に見えたのは、クルクルと回る理容店のサインポールですが、その店の暖簾を左から”やこと”と読んだ小野アナウンサー(笑)。『”とこや”やんか』と笑いながら鶴瓶さんが「CutSalon BAN」(カットサロンバン)の店内を覗くと、店にいたスタッフの山下さんが出てきてくれて、30年来続く床屋だと教えてくれました。ちょうどそこに帰ってきたのは、店長の永井さん。店の前で待っていてくれたベトナム人のグエンさんに、就職祝いのプレゼントを買ってきたところだそうです。数軒先のコンビニでアルバイトをしていたというグエンさん、日本の機械部品を販売する会社に通訳として就職することが決まり、渋谷から離れることになって、馴染みのご近所さんを挨拶しに回っている所だとか。偶然にも、いい旅立ちの場面に立ち会うことが出来、裏渋で働く人達の近所繋がりを知ることができたと喜ぶ、鶴瓶さんと小野さんでした(笑)。

さて、番組の最後にあたり、タモリさんと鶴瓶さんに2022年の抱負を尋ねる小野アナウンサーですが、タモリさんは抱負は持たない主義で、それを受け継ぐ鶴瓶さんも抱負は無いとか…(汗)。浅野アナによると、タモリさんは抱負を聞かれるとイラっとするそうです(笑)。その話を聞いて、抱負はNGと知った小野アナ、『一応最後なので、締めくくりのご挨拶を!』と。
そこでタモリさん、慇懃無礼のごとく畏まって、『ひと言 ご挨拶を申し上げます。平素より 皆様方には大変お世話になりまして、お礼を申し上げます。2022年もこの番組 続行いたしますので、どうか皆様方、倍旧のご支援のほど お願いいたしまして、私の新年のご挨拶とかえさせていただきます。ありがとうございました』と(笑)。
本年も よろしくお願いいたします。

 


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