NHK『鶴瓶の家族に乾杯』 放送内容とロケ場所の情報!(平成29年度 7~9月放送分)

各回の放送内容(あらすじ)と、ロケ場所となったお店の名前や取り上げられた名物・特産品の情報を集めてみました。

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※ これ以前の放送内容は、放送回毎の放送内容(個別ページ)をご覧ください。
※ 今後の放送予定や、収録地・出演者(ゲスト)、再放送の予定などは、「放送予定のロケ地とゲスト情報!」のページをご覧ください。

 9月11日  2人あわせて140歳 近藤正臣と愛知県豊田市足助へ

旅のゲストは、俳優の近藤正臣(こんどう まさおみ)さん。京都市出身の75歳。NHK大河ドラマや連続テレビ小説(朝ドラ)でもお馴染みで、最近だと真田丸では”本多正信”役を、あさが来たでは”白岡正吉”役で、ベテランの演技を披露してくれていました。近藤さんが”家族に乾杯”に出演するのは、今回が初めて。

旅の舞台は、愛知県豊田市足助。豊田市は、日本を代表する大企業・トヨタ自動車の本社がある地で、その住所は”愛知県豊田市トヨタ町1番地”。近藤さんと豊田市との繋がりと言えば、一番に思いつくのは「徳川家康」ではないでしょうか?。今年1月公開の映画「本能寺ホテル」にも出演されていましたし、1983年の大河ドラマ「徳川家康」では”松平広忠”役を、昨年の「真田丸」では家康の右腕となる参謀”本多正信”役を演じていました。豊田市には、家康公の祖先・松平氏発祥の地とされる「松平郷」があり、市内の長興寺には、織田信長を描いたとされるほぼ唯一の肖像画、狩野元秀筆「紙本著色織田信長像」(重要文化財)が所蔵されています。この度、1年近くにも及ぶ大規模な修復が終わり、7月14日から岐阜市歴史博物館で開催される「Gifu信長展」で公開されます。そんなタイミングでのロケなので、ますます家康繋がりを予想したのですが・・・

なんと、今回のロケ地は、”足助(あすけ)地区”限定だそうで、『家康繋がり』の予想は大外れ(汗)。足助(旧・足助町)は、現・豊田市のほぼ中心部に位置し、2005年(平成17年)に周辺の町村と共に豊田市に編入されました。古来より、三州街道(塩の道)の足助宿が置かれ、奥三河の中枢拠点として栄えてきました。海の無い信州(長野県)に海側から塩を運んだ「塩の道」は何本もありますが、三河湾で取れた三州塩を塩尻まで運んだのが「三州街道」。この区間うち、特に足助-岡崎間は、「足助街道」という呼び方が地元では定着しています。観光では、「香嵐渓」(こうらんけい)の待月橋(たいげつきょう)から見る紅葉(もみじ)が特に有名。

近藤さんは現在、東京にはちょっと飽きたと、東京を脱出して、岐阜県の郡上八幡(郡上市八幡町の通称)に住んでいるそうです。郡上八幡は、川が流れる古い町並みが特徴の城下町で、人もいいし、とても住みよい町ですが、たまたま郡上に遊びに来ていた足助の人と出会った折り、『足助も良い町ですから、是非一度、遊びに来てくださいよ』と薦められたことがきっかけで、今回、塩の道・足助を歩いてみたいと、旅先に選んだそうです。


ロケが行われたのは、平成29年6月30日(金)。愛知県豊田市足助町西町、「足助川」のほとりで待ち合わせた近藤さんと鶴瓶さん。この日は生憎の雨模様で、足助川の水は濁っていますが、近藤さんが「中橋」のたもとから、足助川の川岸の通路に降りてみると、川面にはいけすが浮かべられ、脇には蓋が付けられたコンテナが置かれています。興味をもった近藤さん、勝手に蓋を開けて中を見てみると、中には大きなスッポンが二匹。一方の鶴瓶さんは、道端で”たんころりん”と書かれた作りかけの提灯を見つけ、何かと興味を持ちますが、誰もいないのでその場を後にし、「飯森橋」のたもとから、近藤さんの待つ川岸へと降り立ちます。すると、近藤さんからスッポンを見せられ、鶴瓶さんもビックリ。さっそくスッポンに食い付いた、オジサンコンビでした(笑)。

二人がスッポンの持ち主を探そうと相談している所へ、料理人らしき人がやって来たので話を聞くと、明日の「たんころりん」の会合の後に、皆で食べるために準備している食材だそうです。”たんころりん”が気になっていた鶴瓶さん、何かと尋ねると、『たんころりんとは、竹かごと和紙で作った円筒形の行灯(あんどん)のこと』だそうです。足助の夏祭りでは、その”たんころりん”を街道沿いや川沿いに並べ、和紙を通した火の灯かりで暗がりの古い町並みを照らし、夏夜の情緒を演出します。この方、魚屋「魚九」(うおく)の従業員だそうなので、二人は表に回って、その店を訪ねることに。店内では、地域の老人宅に配る給食の弁当を作っている最中で、鶴瓶さんはイワシの煮つけが美味しそうと、食べさせてもらうことに。鶴瓶さんのせいで、皆さんのおかずが少し減ってしまったのでは?と(笑)。女将さんから、向かいの饅頭屋のご主人が”たんころりん”祭りのまとめ役と聞き、二人は詳しい話を聞きに訪ねてみることに。

魚屋「魚九」の向かいの饅頭屋は、13代も続く老舗の御菓子司「風外」(ふうがい)。ご主人に話を聞くと、元々は「秉燭」(ひょうそく、油に灯芯を浸して灯をともす陶器製などの容器)のことを”たんころ”と呼んでおり、それを覆う和紙を貼った籠をひっくるめて”たんころりん”と呼ぶようになったそうです。”たんころりん”の夏祭りは、平成14年に始まった小さなイベントがきっかけでしたが、今では”たんころりん”の数は700基を超え、足助の夏の風物詩として、市内外から大勢の見物客が訪れるようになり、とても賑わっています。

ここで、スタジオから足助の魅力をビデオ紹介。まずその前にと、小野アナウンサーが紹介したのは、懐かしい「柔道一直線」(1969~1971年放映)の一場面映像。当時28歳だった近藤さんは、ピアノの上に立って鍵盤を足の指で弾く『足ピアノ』の技を披露。そこで、近藤さんの足さばきにも負けない、足助の足にまつわる魅力を、足助のコンドーさんが紹介してくれました(笑)。

まずは、古くから足・旅行・交通の守護神として信仰されてきた「足助八幡宮」。ここで去年から始まったお祭りが、「足健康祭」(毎年3月の第三日曜に開催)。通称”足まつり”と呼ばれる祭の名物が、長さ160センチの”大ぞうり神輿”です。
 次は、足助の名物「五平餅」。お米をつぶして、味噌や醤油を絡めた”とよた五平餅”は豊田市の名物ですが、なかでも足助には五平餅のお店が一番多くあり、特に”わらじ型”をした五平餅が人気です。
 最後は、自分の足で歩いて楽しむ絶景スポット「香嵐渓」(こうらんけい)。夏には美しい緑が映える渓谷が、秋になると4000本ものモミジが一斉に色づきます。夜間にはライトアップも行われ、幻想的な雰囲気に。まさに足を運んでみたくなる場所です。

鶴瓶さんは、『(近藤さんは)勝手な行動が多すぎる』と、早くも近藤さんと分かれることに(笑)。

一人旅になった近藤さんは、魚屋で出会った”こめ助”のTシャツを着た人に教えられた、この辺りでしか生産されていないという幻の愛知県ブランド米品種「ミネアサヒ」を買い求めようと、まんじゅう屋の隣りにあったお米屋さん、「足助糧穀株式会社」を訪ねます。すると社長さん以下、全員がこめ助のTシャツを着ています。「こめ助」は、このお米屋さんが出した”おにぎり屋”で、ミネアサヒでおにぎりを作っているそうです。そこで近藤さん、10kgは重いと半分に分けてもらい、5kg(1,970円)のお米を買ってから、社長さんに話を聞きました。

一方の鶴瓶さん、新たな出会いを求めて町を歩いていると、「マンリン書店」の店先に飾る七夕の笹を採ってきたと、町の人に声を掛けられます。マンリン書店の女将さんに話を聞くと、彼女の祖父の”万屋 林右衛門”さんが始めた店なので、頭文字を取って万林(マンリン)と名付けたとか。店の奥にはカフェがあり、裏の土蔵は改装されてギャラリーやブティック、お茶席などが造られ、観光客にも人気のスポットとなっています。店の横の路地は、「マンリン小路」と呼ばれ、こちらも人気の観光スポットです。

お米屋を出た近藤さんは、”塩の道”について話が聞きたいと、「たばこ屋」という名の”塩の店”を探して町を歩いていると、「茶房・和こもの さかたや」と書かれた看板の古民家を見つけ、訪ねてみることに。自家焙煎のコーヒーが頂ける店で、店主が着物のハギレを使って手作りした人形や様々な小物が売られています。

鶴瓶さんは、マンリン書店のカフェでアイスコーヒーを頂きながら、女将さんに『一緒に来た近藤正臣も、雰囲気につられて絶対ここ来るわ』と話していると、ちょうどその時、マンリン小路が気になり隣の路地を通りかかった近藤さんが、鶴瓶さんの予言通り店内を覗き、鶴瓶さんとバッタリ再会(笑)。

あちこち立ち寄り過ぎて、ぜんぜん目的の塩屋さんに辿り着けない近藤さん。今度は、「足助接骨院」という看板を見つけ、『足を助ける接骨院とは面白い』と感心していると、その隣がなんと、おにぎり屋の「こめ助」でした。ちょうどお腹が空いたと、ここでお昼を頂くことに。近藤さんが、店内でおにぎりを頂いていると、今度は鶴瓶さんが「こめ助」を訪ねてきましたが、中にいた近藤さんを見つけるが早いか、『また来ます』と早々に立ち去ってしまいました(笑)。

一方の鶴瓶さんは、マンリン書店の女将さんに紹介され、「からくり小屋」を見に行くことに。マンリン小路を上がった先にある「からくりの小路」には、そこに住む85歳の浦野さんが、毎年の干支に合せて手作りしているカラクリが、向かいの小屋に展示してあるのですが、生憎と浦野さんは留守で、先日降った大雨の影響で、小屋も閉まっていました。スタジオでは、後日スタッフが撮影したビデオで、そのカラクリが紹介されました。

ここでちょっと一息、スタジオから、「家族に一杯」の時間です。
この時期、足助でお馴染みの風景が、巴川での”アユ釣り”。そこで訪ねたのは、山のさかな屋さん「まる八」。皆さん、鮎のコース料理を頂いています。そのコースのシメが”本日の一杯”、ほぐした鮎の煮つけを混ぜたご飯です。鮎のヒレや骨は丁寧に取り除いてあるので、お子さんからお年寄りまで、とても美味しく頂けます。

近藤さんは、道で出会った人に尋ねながら、ようやく目的の塩問屋、「莨屋(たばこや) 塩座(しおざ)」を探し当てますが、なんと営業は土日のみで、店は閉まっています(汗)。店の前に暫く座り込み、途方に暮れる近藤さんですが、諦めがつくと、途中で見つけ気になっていた、鍛冶屋を訪ねることに。

一方の鶴瓶さんは、町を歩いていると、『シシコロッケ』と書かれた看板が気になり、肉屋の「井筒亀(いづかめ)精肉店」を訪ねます。女将さんに話を聞くと、隣の料理屋では、イノシシの肉を使った料理を出しているとのこと。女将さんに案内され、「井筒亀」を訪ねた鶴瓶さん、店の表には、何頭ものイノシシの剥いだ皮が、逆さになって吊るされています(驚)。

だいぶ歩いて、ようやく「足助のかじやさん」(広瀬重光刃物店)に辿り着いた近藤さん。奥さんに話を聞くと、7代目のご主人は、「三州足助屋敷」(香嵐渓の中にある見学体験施設、様々な手仕事の作業場としても使われている)で鍛冶仕事をしているとのこと(汗)。ここから足助屋敷までは歩いて10分ほどですが、もうこれ以上歩くのは嫌な近藤さん、先代の奥さんに、店の裏手にある鍛冶場を見学させてもらうことに。そこにあった鉄を熱する”火床”(ほど)は、200年続く鍛冶屋の歴史が感じられる古いものでした。近藤さんは、鍛冶屋の雰囲気を感じようと、そこに転がっていたハガネをやっとこでつかみ、金床に載せると、鍛冶屋さんのリズムを真似て、ハンマー(入れ槌)で叩いてみますが、手元はフラフラとおぼつきません。奥さんに感想を聞くと、『まだまだだと思います』と(笑)。そこに、足助屋敷から7代目の息子さんが戻ってきてくれて、せっかくだからと火床に火を入れてくれました。今度はまっ赤に熱せられた包丁を、近藤さんが叩いてみると、奥さんからは『様になって、カッコイイ』との声援が(笑)。しかし、火の入った高温の火床の前で、さんざん槌を振り回した近藤さんの額からは、大粒の汗が噴き出します(汗)。近藤さんが、物を引っかけるために柱に打つ、昔ながらの味のあるクサビの様な鉄クギが欲しいと話すと、後日息子さんが叩いて作ってくれた鉄釘が、スタジオに届けられ、近藤さんにプレゼントされました。

次に鶴瓶さんが町で見つけたのは、”台湾ラーメン・黒豚とんかつ チュン”と書かれた看板。『台湾ラーメンなのに、”チュン”はオカシイやろぉ』と、その「げんき食堂 チュン」を訪ねてみることに。きっと”チュンさん”という外国人がやっている店だと鶴瓶さんは想像したのですが、生憎と店は閉まっていて留守でした。しばらく歩いていると、道端で『鶴瓶さ~ん』と声を掛けられます。話を聞くと、なんとこの人、先ほどの「チュン」の女将さんで、間違いなく日本人。亡くなられたご主人が、むかし仲間と麻雀をしていた時に、皆から「中(チュン)くん」と呼ばれていたので、店の名前を”チュン”と名を付けたとか。きっと、”中”で鳴いてばかりいたんでしょうね(笑)。なぜ足助で”台湾ラーメン”なのかと尋ねると、台湾ラーメンはもともと名古屋が発祥とのこと。奥さんの実家「森瀬つり具店」に上がらせてもらい、家族の話を聞いていると、息子さんは少し先で、ビュッフェ・レストランを開いているそうです。そこで鶴瓶さん、奥さんに案内してもらい、息子さんのいる「参州楼」 (サンシュウロウ)を訪ね、皆さんに話を聞きました。

近藤さんは、昔の栄えていた頃の足助の話が聞きたいと、町で見かけた古い旅館を訪ねてみることにします。一軒の旅館、「玉田屋」を訪ねると、お婆さんが応対してくれましたが、そこはベテラン俳優の近藤さん、番組の趣旨を汲んで、家族を呼んでもらい、一緒に話を聞くことに(笑)。息子さんに話を聞くと、この辺りは足助の入口にあたり、昔は周りに7軒もの宿があり、玉突き等の遊興施設もあって、とても賑わっていた場所だそうです。お婆さんの若かったころには、芸子さんもいたし、芝居小屋もあって、映画館は2軒もあったそうです。最後に息子さんから、『足助には、昔から残っているけど、埋もれとるもんがいっぱいあるんで、それをちゃんと掘り起こしてやりたいなと思ってます』という話を聞き、感動した近藤さん、昔から続く街道沿いの町が復活することを願ってやまない様子でした。

再放送は、9月15日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 豊田市の名物など

 

 9月4日  注目の女優・門脇麦登場 香川県東かがわ市ぶっつけ本番旅

旅のゲストは、女優の門脇麦(かどわき むぎ)さん。東京都出身の25歳。2011年に、テレビドラマ『美咲ナンバーワン!!』(日テレ)の”大和田麦”役でデビュー。NHK大河ドラマ『八重の桜』や、連続テレビ小説『まれ』にも出演していました。今度、7月15日からスタートしたNHK土曜時代ドラマ『悦ちゃん ~昭和駄目パパ恋物語~』(全8話)に、”池辺鏡子”役で出演中です!。また、出演の映画『ナミヤ雑貨店からの奇蹟』(東野圭吾 原作)は、9月23日に公開です。

旅の舞台は、香川県東かがわ市。香川県の東端に位置し、主要産業は手袋工業で、鶴瓶さんと門脇さんが最初に訪れた引田(ひけた)地区(旧引田町)は、世界で初めてハマチの養殖に成功した「ハマチ養殖発祥の地」として知られています。

門脇麦さんのお父さんは、鶴瓶さんとも親交のある、俳優の中野英雄さん。暴走族から哀川翔さんに「劇男一世風靡」に誘われ芸能界入りした異色の経歴の持ち主で、今ではサバイバル生活を楽しむ旅好きの一家。ちなみに麦さんのお兄さんは、俳優の太賀(たいが)さん。そのため、鶴瓶さんは門脇さんに会うが早いか、『小さい頃は裸で生活していた、ワイルドな女』と声を掛けます(笑)。そんなことから、門脇さんは小さい頃から両親に連れられ、日本全国旅してきましたが、四国だけは行ったことがなかったそうです。そこで、四国の中でも、海の幸・山の幸を堪能できる場所として、東かがわ市を旅先に選んだとのこと。門脇さんは、『食べるために生きている』と断言するほど、食へのあくなき欲求を持っているそうです。東かがわ市も、香川県にあって”讃岐うどん”のメッカ。また、東かがわのブランド魚「ひけた鰤」など、魚介類も豊富です。そして、東かがわ市の伝統産業には、「さぬき和三盆糖」があります。どんな美味しいものが登場するのか、楽しみです!。


ロケが行われたのは、平成29年7月20日(木)。引田(ひけた)地区にある小さな漁港で待ち合わせた、門脇さんと鶴瓶さん。この日の天気は快晴で、最高気温は34度の予報。日なたの日差しは強烈で、鶴瓶さんが歩く後ろ姿、頭はピカッと眩しいほど(笑)。

まず二人が漁港で出会ったのは、介護施設で働く若者。夜勤明けの帰り道、魚釣りするのに海の様子を見に立ち寄ったそうです。昨日の夕方5時から、今朝10時まで仕事だったと聞いた鶴瓶さん、大変な仕事に『肩を揉みましょうか』と。すると門脇さん、『じゃぁ私は、手のツボを』と。鶴瓶さんに肩もみされつつ、門脇さんに手のひらをマッサージされて、男性は『疲れが取れ、ラクになりました』と話しますが、逆に緊張で身体が強張ったんじゃないかと心配です(笑)。

次に二人が道で出会ったのは、林家ペーさんの如く、ピンクのTシャツを着て、ピンクの自転車に乗り、ニコニコしながら話しぶりもとっても明るい、地元漁師の川田さん。『物心がついた頃から漁師をしている』と言いながら、実は18-19歳の頃からで、今日釣れたアジは『5万匹』と(汗)。自宅は、近所で『デパートほど大きくない』と言うスーパー(店)をやっているそうですが、通り掛かった近所のおばさんに話を聞くと、川田さんとは初対面だし、その店には『行けへん、ほかに大きいスーパーあるし』と・・・(笑)。「かわだ商店」の”あまりの大きさ”に興味を持った鶴瓶さん、川田さんと一緒に店を訪ねることに。訪ねてみると、店は川田さんの”御母様”が切り盛りしている雑貨屋で、手押し車を押した近所のお年寄りが、この店が無くなったら困ると買物に来ては、イスに座って井戸端会議をしていく、憩いの場を兼ねたお店でした(笑)。たまたまこの時期、高校野球は、夏の甲子園に向けた県大会の真っ最中。孫娘は、三本松高校の野球部のマネージャーをしており、昨日は強豪の高松商業に勝ったとお婆ちゃんは大喜びでしたが、三本松高校はその後も準決勝・決勝と勝ち上がり、みごと24年ぶり3度目の甲子園出場を果たしました!。

ここでスタジオから、東かがわ市の魅力をビデオ紹介。紹介してくれるのは、今日もピンクのTシャツを着た川田さん(笑)。川田さんが勝手に選んだ”世界一”という、東かがわ市の珍しいもんを紹介してくれるそうです。

まずは、引田の「古いまち並み」。引田は、古くから海上交通の拠点として発展してきた港町で、江戸時代に栄えた商家の建物が残されています。なかでも、1753年創業の「かめびし屋」(醤油屋)の土蔵のまっ赤な壁は、川田さんにとってピンクに続く世界一!(笑)。
 次は、川田さんが『人形が”5万体”もある』と話す、全国でも類をみない人形劇のテーマパーク、「とらまるパペットランド」。さすがに5万体は川田さんお得意のジョークですが、それでも1千体の人形が飾られており、テレビでも活躍した人形たちに出会えます。人形劇専門のシアター「人形劇場とらまる座」もあり、年間130回もの公演が開催されています。
 最後は、様々な動物と触れあえる、「しろとり動物園」。ゾウやカワウソなど、80種類もの動物に直接餌をあげることができ、年間10万人もの人が訪れる、町の人気スポットです。6月に誕生したライオンの赤ちゃんは、川田さんいわく『鶴瓶さん以上の人気者』だそうです(笑)。

次に鶴瓶さんと門脇さんが訪れたのは、川田商店で教えてもらった「大池オートキャンプ場」。キャンプに興味のあった門脇さんですが、この日は平日ということで、お客さんはほとんど見当たりません。管理人の永峰さんに話を聞くと、なんとご自宅は川田商店の隣で、三本松高校時代には京都駅伝に初出場を果たしたとのこと。若い時は、地場産業のゴルフ手袋を作る会社に勤めていて、工場が進出しているカンボジア、スリランカ、マレーシアなどでの海外生活が長かったそうです。現在でも、東かがわ市内には手袋関連企業が52社もあり、その生産量は日本一のシェアを誇っています。永峰さんに食事処を尋ねると、この辺りはハマチの刺身など”活き魚”(いきうお)が美味しいと、活魚料理の「讃岐屋」と、その向かいにある讃岐うどん店の「うどんや」を教えてもらいました。そこで二人はここで別れ、鶴瓶さんはうどんやで、門脇さんは讃岐屋で食事をすることにし、ここからは一人旅です。

讃岐屋」を一人訪れた門脇さんは、海鮮丼を頂くことに。門脇さんが食事をしていると、厨房の方からは、『(まれの)お友達のほう』と噂をする話声が・・・(笑)。店を出たところで、赤ちゃんを抱いた若いお母さんと出会った門脇さん、近所でおすすめの場所を尋ねると、三谷製糖さんの和三盆が美味しいと紹介され、訪ねてみることに。

三谷製糖」は江戸時代から210年も続く老舗で、店の門構えも蔵造りも、すごく立派!。敷居が高そうと、門脇さんが恐る恐る売店の「羽根さぬき本舗」を訪ねると、女将さんが優しく応対してくれました。お茶と和三盆の砂糖菓子を出してもらった門脇さん、それを頂きながら女将さんに、唐突ながらご主人との馴初め話などを尋ねますが、緊張して恥ずかしがる女将さんと、話がなかなか噛み合いません(汗)。スタジオでは、当日出会えなかった8代目ご主人と女将さんから、門脇さんへのビデオメッセージが届けられました。緊張する女将さんに根掘り葉掘り話を聞いてしまったことが、今回の旅で一番の心残りだったと話す門脇さんですが、女将さんから”会えて嬉しかった”という話を聞き、とてもホッとした様子でした(笑)。

一方の鶴瓶さんは、「うどんや」で、おすすめの”かけうどん”に、油アゲや天ぷらをトッピングして頂きました。食べ終わり、鶴瓶さんが厨房にいた女将さんとご主人に『おいしかったわー』とお礼を伝えていると、ちょうどお父さんがやってきたので、座って話を聞くことに。すると、うどんやの女将さんは長女で、妹には向かいの讃岐屋の女将(社長)を任せているそうです。この両店は、元々お父さんが経営していた、同系列店だったんですね。お父さんは隠居の身ですが、それでもまだ、朝5時から店に来て、天ぷらを揚げたり厨房を手伝ったりしているそうです。
うどんやを出る際に、鶴瓶さんは可愛らしい赤ちゃんを連れた夫婦の席を訪れ、赤ちゃんを抱っこさせてもらうことに。話を聞くと、赤ちゃんが生まれたのは、12月23日の23時59分。同じく12月23日生まれの鶴瓶さんは、『早く出てきて欲しかった』と話す奥さんに、『もう数十秒遅く”クリスマスイブに生まれた方がよかった”と言うたら、しばこうかと思った』と(笑)。

ここでちょっと一息、スタジオから、「家族に一杯」の時間です。
 香川といえば、やっぱり”うどん”。『この町ならではの”うどん”がある』と聞き、訪ねたのは一軒のうどん屋、「マルタツ」。この店で頂く本日の一杯は、シンプルに”かけうどん”。美味しさの秘密は、ダシに讃岐和三盆糖を使っていることです。和三盆を使うことで、ただ甘いだけでなく、奥の深い、食べ応えのあるダシになっているとのこと。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、「Here Comes The Sun」(ザ・ビートルズ)でした。


海の幸を堪能した門脇さん、次は山の幸を求めて、山手の入野山地区へとやってきました。車の中から、道端の日陰で休憩する河川工事をしている作業員のお父さん達を見つけた門脇さん、『ボーイズトークに交じれるか、私?』と、車を降りて声をかけてみることに。すると、皆さん優しく、門脇さんを”ボーイズトーク”に迎い入れてくれました(笑)。門脇さんが、そのうちの一人の伊記さんに、『お知り合いの方で、農家をされている方はいますか?』と訊ねると、近くにあるトマト農家の田中さんを教えてくれました。

一方の鶴瓶さんは、こちらも車で移動中に、『鬼才・天才・日本のエジソン ”久米通賢”の墓地』と書かれた看板を見つけ、車を降ります。訪ねてみると、道端に墓所があり、久米通賢という名を聞いたことが無かった鶴瓶さんは、気になって隣の工場に居た人に訊ねてみることに。すると、「久米通賢」(くめ つうけん/みちたか)は、江戸時代の発明家で、測量や塩田開発、鉄砲の製作など様々な分野で功績を残した人で、 東かがわ市の馬宿で生まれ、ここに墓が残されているそうです。教えてくれた廣瀬さんは、「広瀬手袋工場」の社長の奥さんで、鶴瓶さんが『引田にある大きなスーパーの川田商店に行ってきた』と話すと、笑いながら工場の2階にいた引田出身の”りっちゃん”を紹介してくれました。地場産業の手袋の事も知らず、突然に工場を訪ねてきた鶴瓶さんに向かって、りっちゃんは、『鶴瓶さん、何ちゃ”意識無し”に来るの?』と(汗)。どうやら、下調べもせずに来たことを、”意識無しに”と言ったようで、”意識が無い”と言われた鶴瓶さんは大笑い。この工場で働いていた年配の女性達はみな、鶴瓶さんと同じ”うさぎ年”か一つ上の”寅年”生まれで、こちらは”ガールズトーク”に花を咲かせました(笑)。

門脇さんは、道端で見つけた手書きの大きな看板『田んぼ屋たなか』を頼りに、白鳥地区にある田中さんのトマトハウスを探します。すると田中農園は、教えてくれた伊記さん達が勤めている「笠井土木運送」の本社の隣にあり、先に伊記さんから連絡を受けた社長と事務員さんが、案内しに表まで出て来てくれていました。田中さんの奥さんによると、トマトはちょうど植替え時期ですが、アスパラガスが収穫時期と、門脇さんは”さぬきのめざめ”という新しい品種のアスパラの収穫体験をさせてもらうことに。田中農園では、野菜や果物の収穫体験や、ピザ釜を使ったピザ作りなどが出来るそうです。また、今朝収穫した人気のミディトマトも食べさせてもらいました。

田中さんの2人の娘さんの名前は、愛琉(あいる)ちゃんと瀬奈(せな)ちゃん。どうやら両親はクルマ好きなようで、”アイルトン・セナ”から名前を付けたそうですが、門脇さんは『???』。今時の若い子はもう、古舘一郎さんのアナウンスで『音速の貴公子』と称された、F1レーサーのアイルトン・セナを知らないんですね。調べたら、セナが事故死したのは、門脇さんが2歳の時、23年も前の事でした・・・(汗)。しかし、二人の田中さんの娘さんは、何れも門脇さんの大ファンだそうです。門脇さんと出会うと、特に中一のお姉ちゃんは涙を流して感動してくれて、門脇さんも嬉しそうでした。

鶴瓶さんは、広瀬手袋工場で教えられ、近所のちりめん屋を訪ねることに。すると間違って、たまたま隣の工場でネギの出荷作業をしていた、「権平有限会社」を訪れてしまいます。社長さんに話を聞くと、なんと以前はうどん屋をやっていたそうですが、6年前に農業に転身し、今では地元の若者や、カンボジアから働きに来ている女性を雇って、手広く農業を営んでいる様子。鶴瓶さんが、2人のカンボジア人の女性に話を聞くと、日本に来てまだ1年だそうですが、カタコトながら日本語が話せます。仕事が終わったらゴハンが楽しみで、エビやカエルを捕まえて帰っては、唐揚げとかにして食べるんだそうです(驚)。カメも捕まえて帰ったそうですが、まだカメは育てている途中みたい・・・(笑)。

ようやく、隣にあったちりめん屋の「萬水産」を訪ね当てた鶴瓶さん。こちらの店では、”ちりめん”と”煮干し”と”かえり”を扱っているそうですが、”かえり”とは初耳です。鶴瓶さんが訊ねると、『小さい”ちりめんじゃこ”と、大きな”煮干し”の中間が、”かえり”』と教えられ、なるほどと納得!。突然の訪問に、ご主人をはじめ皆さんビックリしますが、鶴瓶さんは、『これは、”意識無く”来るんですよ』と(笑)。

再放送は、9月8日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 東かがわ市の名物など

 

 8月28日  夏の北海道SP 松下奈緒と石狩市ぶっつけ本番旅

旅のゲストは、女優で歌手の松下奈緒(まつした なお)さん。兵庫県川西市出身の32歳。3歳からクラシックピアノを始め、東京音楽大学のピアノ専攻を卒業、ピアニストとしても活動されています。松下さんと言えば、平成22年上半期のNHK朝の連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』ではヒロインとして、漫画家の村井茂(モデルは水木しげるさん)の妻”布美枝”役を演じてブレイク、その年の紅白歌合戦の紅組司会者も務めました。ちなみに、先日6月19日放送の『家族に乾杯』で、福島県棚倉町を旅した向井理さんが、その”村井茂”役を演じていました。

『家族に乾杯』に松下さんが登場するのは、今回で3回目。平成26年に「静岡県西伊豆町」を、平成27年には海外スペシャルで「フィンランド・ヘルシンキ」を旅しています。そして、今回の旅の舞台は、北海道石狩市。食べることが大好きな松下さんは、美味しいものが沢山ある北海道で、夏の北海道を満喫しつつ、そこで暮らす人々と触れ合いたいと、旅先に石狩市を選んだそうです。松下さんの好物はお寿司で、特にカレイのえんがわの握りが大好物だとか。また、うにパスタも好物だそうで、カレイにウニと言えば、石狩市(石狩湾)の特産品の代表格のひとつ。どんな”北海道グルメ”が登場するんでしょう、楽しみです!(笑)。


ロケが行われたのは、平成29年7月5日(水)。石狩市樽川にある「石狩ふれあいの杜公園」で待ち合わせた、松下さんと鶴瓶さん。松下さんは、1回目(西伊豆町)も2回目(ヘルシンキ)も雨だったので、ようやく3回目は”晴れた”と、どんよりした”曇り空”を見上げて喜びます(笑)。

公園を出たところで、鶴瓶さんは大きなゴールデンレトリバーを連れた若い女性を見つけると、勝手に犬の名前を想像して、『エリー、エリー!』と呼び止めます。もちろん、『エリーじゃないです、”いろは”です』と。しかし、ちゃっかり女性との会話をゲットした鶴瓶さんでした(笑)。すると、向かいのお宅の庭先から、こちらの様子を窺っているご夫婦を発見。とてもキレイに手入れされた庭を見た鶴瓶さん、そのお宅に伺い、話を聞くことに。きれいに刈り込まれた植木は、全てご主人が手入れしているそうです。石狩市のことについて話を聞くと、日本海も近いと教えられた鶴瓶さん、『石狩湾は太平洋じゃないんですか?』と(驚)。右手を広げ、『これが北海道としたら、石狩は何処ですか?』と尋ねる鶴瓶さん、いま自分が何処に居るのかも分からず旅をしていたんですね!(笑)。奥さんは、裏庭で家庭菜園をしています。鶴瓶さんが、『あれはナスビでしょ?』と尋ねると、『えぇぇ、あれはトマトですよ(大丈夫ですか?)』と奥さん。『あれがジャガイモでしょ』、『いや、サツマイモです』とご主人。奥さんの、”この人は大丈夫かしら?”といった反応に、鶴瓶さんは『もの凄くバカにされた』と訴えますが、さすがに野菜の事を知らなすぎる鶴瓶さんの方がワルい(笑)。

表に出ると、公園に赤ちゃんを連れて遊びに来ていた若い奥さん達が、次から次に何十人も集まってきて、さながら保育園の玄関先といった様相に。集合写真を撮って、慌ててその場を立ち去る鶴瓶さんでした。すると、先ほどのお宅の隣の家で、庭の草むしりをしているご主人を見つけ、声を掛けます。『あまりに隣はキレイで、こっちは汚いから・・・』とご主人。確かに、隣であんなにキレイにされたら、『かなわんすわ』と(笑)。実はこのお宅、娘さんご夫婦の家で、お父さんは札幌市内から、娘の家の草むしりに来たそうです。家の中にいた娘さんは、自宅でピアノ教室を開いていると聞いた鶴瓶さん、松下さんの了解も取らずに、『(松下さんに)ピアノを弾かさせてください』と。娘さんは快く了解してくれたのですが、さすがに悪いと思ったのか鶴瓶さん、『将来の生徒さん達も連れてきますわ!』と、表の通りでこちらを見守る赤ちゃんを抱いたお母さん達を大勢、一緒に家の中に招き入れることに(笑)。突然の事の成行きに戸惑う松下さんですが、さすがピアノの前に座ると、NHK連続テレビ小説・ゲゲゲの女房の主題歌『♪ありがとう』(いきものがかかり)を即興で弾いて、素晴らしい演奏を披露してくれました。なんと、10人もの赤ちゃんが同じ部屋に入って、目の前で松下さんがピアノを弾いたのに、一人の子も泣かないなんて、音楽ってなんて素晴らしいんでしょう!。

ここでスタジオから、石狩市の美味しいグルメをビデオ紹介。紹介してくれるのは、ソーラン節にあわせて威勢よく踊る、石狩市の観光大使、「石狩流星海」の皆さんです。

まずは、石狩湾沿岸で江戸時代から盛んに漁が行われ、今でも日本一の漁獲量を誇る「ニシン」。なかでも地元で愛されているのは、糠(ぬか)と塩で漬け込んだ「糠ニシン」。江戸時代から続く保存食です。水分が抜け、ギュッと凝縮したニシンのうま味、もうご飯が止まりません!。
 次は、北海道の”秋の味覚”の王様、「サケ」。そして、石狩で鮭を使ったグルメと言えば、「石狩鍋」。明治の始め頃、サケ漁の合間に食べていた漁師飯が、そのルーツと言われています。たっぷりの鮭と野菜を味噌で煮込み、仕上げにイクラを贅沢にトッピング、『なまらうめー!』。

ここからは一人旅です。即興ピアノ演奏会という一大イベントをこなした松下さんは、お腹が空いたと、美味しいものを求めて厚田漁港へと移動。「厚田港朝市」を訪ねますが、朝市だけに、もう残っている商品も、開いている店も少ない様です。そのうちの一軒、加藤水産の小屋を訪ね話を聞くと、今の旬はナマコですが、ナマコは全て組合に出荷されてしまうので、朝市では買えないそうです。美味しいものが食べられる処を尋ねると、ウニ丼が食べられると「前浜」を教えてもらいました。すっかりウニ丼という響に魅せられてしまった松下さん、ウキウキと舞浜を探し訪ねますが、なんと店員さんいわく、『ウニは明日から』と(笑)。仕方なく、おすすめの「刺身丼」と「ナマコ酢」を頂くことに。

一方の鶴瓶さんは、1975年に北原ミレイさんが歌った「石狩挽歌」のような情景の場所に行きたいと、石狩川の河口付近を訪ねます。すると、「旅館・吉岡」とか「ザ・吉岡」と、吉岡だらけの旅館や民宿の建物が立ち並ぶ一角を発見。興味を持った鶴瓶さんが訪ねようとすると、後ろからNHKのスタッフが、『これ、僕たちが泊まっている宿です』と(笑)。スタッフが泊まっている宿を訪ねるのはイヤだと、その場を後にした鶴瓶さんは、通り沿いにあった「石狩番屋の生鮮市場」を訪ねることに。残念なことに、店長は配達に出ていて魚貝類は食べられそうにありませんが、「削りいちご」なら食べられると、女性店員さんに作ってもらいました。凍らせたイチゴの大きな塊を、アイスピックで細かく砕き、シロップをかけて頂きますが、とても美味しかったそうです。

鶴瓶さんが、若い女性店員に「石狩挽歌」を知っているかと尋ねると、『歌ってくれたら分かるかも』と。そこで鶴瓶さん、スマホの画面で歌詞を見ながら、『♪海猫(ごめ)が鳴くから ニシンがくるとー、赤い筒袖(つっぽ→しっぽ)の やん衆がさ~わぐー』と石狩挽歌を歌ってみますが、部分的にそれらしき節回しといったレベル・・・(汗)。でも、さすがに地元の女性、テレビで聞いたことがあると、分かって貰えたようです(笑)。次に通りがかった「石狩産業株式会社」の事務所でも、石狩挽歌を知らないと話す若い女性事務員をつかまえて、鶴瓶さんはアカペラで石狩挽歌の独唱を披露しますが、今度は『知らないです』と・・・。その様子をスタジオで見ていた松下さんと小野アナウンサー、果たしてこの酷い鶴瓶さんの歌で、本物の歌がちゃんと伝わっているのかと、甚だ疑問に感じる二人でした・・・(汗)。

松下さんは、『すっごく美味しい!』と、ナマコ酢と刺身丼をひたすらパクパクと食べ続けます。ようやく食べ終わり、厨房にいた女将さんに、『めっちゃ美味しかったです~』と声をかけます。すると、『言ってくれたら、ウニもむきましたのに』と言われ、『えぇ~、食べたい!』と松下さん(笑)。とても気風のよさそうな、松下さんいわく”かっこいい”女将さんに話を聞くと、厨房にいる大勢の店員さんは、娘、息子とその嫁、妹と妹の旦那、従妹などで、まさに家族ぐるみで経営しているお店でした。松下さんは、店の近くにあるウニの加工場を訪ね、今朝ご主人が獲ってきたばかりのムラサキウニとバフンウニを剥いてもらい、その場で一口味見。口の中で溶けたウニの身は、ミョウバンに浸かっていないので変な臭みもなく、松下さんは『なんだこれ~』とビックリ(涎)。店に戻り、剥いたばかりのウニの身を、ご飯が見えなくなるほどたっぷり盛ったスペシャルなウニ丼を出してもらった松下さん、さっき刺身丼を平らげたばかりなのに、2杯目の丼ぶりを、パクパクと口に運びました(笑)。

次に鶴瓶さんは、通りで出会った二人の女性に、何をしているのかと尋ねると、来月子供たちが合宿するのに、さっき鶴瓶さんが見つけた吉岡さんの宿舎を下見に訪ね、その帰りだそうです。すると女性達は、『吉岡さんが、”NHKの人達が泊まっているこの部屋を使い”と、鍵を開けて中を見せてくれて、中を覗くと、布団は敷きっぱなしで寝起きしたまま、機材も散らかっていて、部屋の中はぐっちゃぐっちゃだった』と・・・。それを聞いた鶴瓶さん、スタッフに『ちゃんと片付けや!』と言う一方で、『泊まっている客に相談もせず、勝手に鍵を開けて中を見たらあかんで』と、二人の女性を引き連れて、吉岡さんを注意しに行こうと宿舎へ殴り込み?(笑)。「ザ・吉岡」を訪れ、ご主人の吉岡さんに会って話を聞くと、74歳ですが、青春真っ只中だそうです。以前は札幌市内に住んでいたそうですが、57歳の時に、親の介護と石狩の活性化に尽力しようと戻ってきて、この施設を整備したとか。でも、死ぬ前にもう一つやりたいことがあるからと、この施設を鶴瓶さんに買い取ってもらいたいそうです。石狩市指定の展望台にもなっているという、3階建の宿の屋上に上がると、周りには高い建物が無いので、目の前の石狩川も石狩の町も一望できステキな景色でしたが、さすがに買わないと断る鶴瓶さんでした(笑)。

ここでちょっと一息、スタジオから、「家族に一杯」の時間です

やってきたのは、厚田港近くの一軒のお宅。今日の一杯は、この辺りの漁師さんの大好物、「ヒル貝大鍋」(ひるがいだいなべ)です。ヒル貝(ムール貝)の身を剥き、大鍋で炒めます。そこに、大量のキャベツやタマネギなどの野菜を入れ、あおって混ぜ合わせたら豪快に味付けをして、煮込んだら出来上がり。甘辛く煮込まれた、プリップリのヒル貝は、暑い夏でもご飯がすすみそう。夏に大勢が集まった時の定番、この時期限定のご馳走です。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、松下奈緒さんの「うちに帰ろう」でした。

鶴瓶さんが通りを歩いていると、配達から戻ってきた石狩番屋の店長さんが、鶴瓶さんを探して追いかけてきて、お土産にと生牡蠣を届けてくれました。すると鶴瓶さん、番屋に戻り、その牡蠣を焼いてもらって頂くことに。店に戻る途中、数人の若者グループと出会うと、奢ってやるからと一緒に番屋に行き、話を聞くことに。若者らは、「北海道医療大学」の同窓生仲間だそうですが、なぜかスケベェな鶴瓶さんには、『北海道イロ大学?』と聞こえたようです(笑)。店の表で、殻付きのままの牡蠣やホタテを炭火で焼いて、皆で頂きました。焼き網から、若者が取って殻を剥いた牡蠣は身は、大きくてプリップリだったのに、鶴瓶さんが取って殻を剥くと、身が『小っちゃ!』(笑)。でも、両方とも美味しかったそうです。

次に松下さんは、舞浜の女将さんに教えられ、メロン農家の谷さんを探しに山手の発足(はったり)地区にやってきましたが、住所も分からず、一軒の農家を訪ねます。すると、このお宅では米が主力で、ハウスでイチゴも作っているそうです。今の時期に出荷を迎えるイチゴとは、生食用ではなく、ケーキの上にデコレーション用として飾られる品種のイチゴで、食べると少し酸っぱいそうです。せっかくなので、ハウスを見学させてもらい、成っていたイチゴを試食させてもらった松下さん、一口食べて『甘いじゃないですか!』と言ったものの、二口目を食べると、『あっ、すっぱい!』と(笑)。ご主人に、メロン農家の谷さんを知っているか尋ねると、場所を説明するより早いと、案内してくれることに。

ようやく、谷さんのメロン畑を訪ね当てた松下さん、ちょうど今日から収穫が始まったというハウスの中には、立派に育ったメロンがゴロゴロしていました。大きく甘いメロンを作るため、1本の苗から2本だけ弦を延ばし、1本の弦に2個ずつ、合計4個の実しか成らせないそうです。今朝採ったメロンの糖度は16度もあったそうですが、松下さんが食べたいと懇願するも、収穫したばかりのメロンは実が固くて美味しくないそうで、お土産に貰って帰ることに。スタジオの鶴瓶さん、『うまいこと もってくな~』と感心しきり(笑)。収穫から、1週間から10日ほど経つと、食べ頃になるそうです。

鶴瓶さんが、もう撮影は終了と車に戻ろうとしたとき、通りがかった車から、ひとりの女性に声を掛けられました。話を聞くと、一人で海を見に、札幌からドライブに来たそうです。興味を抱いた鶴瓶さん、もう一度二人でその海を見に行こうと、彼女の車に乗り込みます。すると、「石狩浜」の海沿いの狭い道を、奥へ奥へとだいぶ進み、誰もいない寂しい海辺へとやってきました。18歳の時に倶知安町(くっちゃんちょう)から札幌に出てきて、短大を出て介護士の仕事をしている40代の独身女性が一人、夜勤明けなのか昼まで仕事をして、それから海を見にドライブに出かけて来て、誰もいないこの砂浜で、流木に座って1時間ほど海を見ていたそうです・・・。今度は二人で流木に座り、海を眺められると喜ぶ女性ですが、こんな寂しい砂浜に二人だけで居たら、『週刊誌に書かれるかもわからんな』と鶴瓶さん(笑)。そこに、珍しく一人の男性が近づいてきました。鶴瓶さんに、自分で手作りしたキャンピングカーを見てもらいたいそうです。話を聞くと、先週仕事を退職し、一年間このキャンピングカーで全国を回り、その後、来年6月にロシアで開催されるワールドカップを見に行く予定だとか。2トントラックの荷台に、木造の小屋を建て、その中にベッドや家電製品も積み込まれたキャンピングカーは、さながらラーメン屋台の様相。何故かこんな人たちが集まってくる、不思議な砂浜でした(笑)。

番組の最後、スタジオでは、後日美味しく頂いたと、松下さんが撮ってくれたメロンの写真が紹介されました。とってもジューシーで美味しくて、丸ごと一個、ひとりで食べてしまったそうです(笑)。

再放送は、9月1日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 石狩市の名物など

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感想(2件)

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 8月7日  オーストラリア・メルボルン(田中麗奈さん) ~海外スペシャル!~

旅のゲストは、女優の田中麗奈(たなか れな)さん。福岡県久留米市出身の37歳。15歳の頃から芸能活動を始め、高校を卒業して上京。そして1998年公開の映画、『がんばっていきまっしょい』(原作:敷村良子)で初主演し、キネマ旬報日本映画新人女優賞を受賞。この映画、四国・松山を舞台に、ボートに青春をかけた女子高生たちの姿を瑞々しく描いた青春ドラマで、私も当時、とても楽しく拝見させてもらいました。懐かしいなぁ~。

メルボルンでの鶴瓶の家族に乾杯「家族に乾杯」に田中麗奈さんが出演するのは、2009年(平成21年)10月の放送で宮崎県高原町(たかはるちょう)を旅して以来で、8年ぶり2回目の登場です。今回は夏の恒例”海外スペシャル”で、その旅の舞台は、オーストラリア・ビクトリア州・メルボルンCity of Melbourne)。ゴールドコーストやシドニーから更に下って、ほぼ豪州本土の最南端、タスマニア島と面する地にあります。緑豊かな美しい街並み、おしゃれなカフェ文化、少し足を延ばせば出会えるコアラなどのかわいい動物たちと、6年連続で『世界一住みやすい街』に選ばれています。田中さんは1年半ほど前に結婚して、理想的な家族とはどんな家庭なのかを考えるようになり、今回の旅では『メルボルンの理想の家族を探したい』と、旅の目的を語ってくれました。


ウイリアムズタウン鶴瓶の家族に乾杯ロケが行われたのは、平成29年6月7日(水)。午前10時に、メルボルンの「ウィリアムズタウン」にある海辺の公園で待ち合わせた、鶴瓶さんと田中麗奈さん。日本では夏の初めですが、南半球のオーストラリアでは冬の初めで、田中さんはモコモコした厚手のコートを羽織っています。しかし、前日の雨模様から一転し天気は快晴、何か幸運な旅を期待する田中さんでした。道路沿いには石造りのステキなお店が並び、とても良い雰囲気の街です。『世界一住みやすい街』として知られるメルボルンですが、鶴瓶さんは『世界一住みたい街』と間違えて紹介。その上、『たいがい、西宮もええとこやでぇ』と、いちゃもんまで付けて旅をスタート(笑)。通訳に付いてくれたのは、古川暢美さんです。

さっそく公園で出会った男性に話を聞くと、連れている柴犬の名前は、日本のプリンセスから名前をもらったと「アイコ」というそうです。次に出会ったのは、道端でフェリーのチケットを売っている人。日本のテレビ番組の撮影であることを伝える鶴瓶さんですが、『ドキュメンタリーなの?』と聞かれると、思いっ切りトーク”バラエティ番組”なのに、そうそうと頷きながら『ドキュメンタリーやね』と、いけしゃあしゃあと言ってのける鶴瓶さんでした(笑)。次に鶴瓶さんが見つけ追いかけたのは、8歳の長男から1歳の長女まで可愛らしい5人の子供を連れたお父さん。3歳の双子の男の子は、まるで子犬の様に目がクリックリ。偶然にも、早々とステキな一家に出会えた鶴瓶さんは、スタッフがキューを出して登場させたのかと疑うほどでした(笑)。

通りに出た鶴瓶さんと田中さんは、カフェ「The Groove Lounge」の店先で明るいスタッフに声を掛けられ、テラス席でお茶をすることに。そこに居合わせた二人の男性に話しかけた鶴瓶さん、ここでもまた、自分は女優をゲストに”世界中”を旅して回っていると大ボラ(笑)。確かに、”日本中”の田舎を旅していますが、世界中は広げ過ぎでしょ・・・(汗)。次に、鶴瓶さんが通りで見かけて声を掛けたのは、素敵な年配のご夫婦。話を聞くと、なんと日本に留学経験のある息子さんの奥さんは、日本人だそうです。田中さんが、長年二人仲良く過ごせる秘訣を尋ねると、二人揃って同時に、『忍耐です』と(笑)。そしてご主人から、『Happy Wife, Happy Life』(奥さんがハッピーだったら人生がハッピーになれる、だから妻をハッピーにさせることは大事なんだよ!)というオーストラリアの格言を教えてもらった田中さん、拍手しながら、『これ夫に見せたい』と(笑)。

ここでスタジオから、メルボルンの街の魅力をビデオ紹介。『日本では信じら”レナ”い光景』が沢山あると、田中レナさんのためにメルボルンを案内してくれるのは、ダジャレが大好きだけど日本語がたどたどしくて上手く伝わらない、ツアーガイドのMr.ジョンです(笑)。

まず最初は、メルボルンの東部を走る「パッフィンビリー鉄道」(Puffing Billy Steam Railway)。20世紀初期の蒸気機関車で行く鉄道の旅は、観光客に大人気。この汽車では、日本では信じられ”レナ”いことに、車窓から脚を投げ出して景色を楽しむことができます。おもし”レ~ナ~”(汗)。
 続いては、アート。芸術の街・メルボルンでは、至るところでアートやパフォーマンスを見ることができます。特に信じられ”レナ”い光景が、Hosier lanesなどの通り一面に広がる「落書き」、壁にスプレーなどで絵を描くストリートアートです。メルボルンでは、こうした落書きもアートとして守っており、街が指定した場所では、壁に自由にストリートアートを描くことが出来るんだそうです。
 最後は、「フィリップ島」。街の中心部から車で2時間ほどの場所にある、ワラビーやコアラなどに出会える動物たちの楽園です。この島で見られる信じら”レナ”い光景が、餌を取りに海に出ていたリトルペンギンが、夜になって一斉に島に戻ってくる「ペンギンパレード」です。こんな光景、日本じゃ見ら”レナ”い!(笑)。

ここからは、一人旅。絵を見ることが好きな田中さんは、通訳の古川さんと一緒に、ギャラリーが多く集まるというArmadale(アーマデル)地区へ。商談中のお客さんで賑わう一軒のギャラリーらしき店を訪ねると、そこはオークションハウスの「Mossgreen」でした。この日は査定の日で、多くのコレクターが作品を持ち込みに訪れていて、とても忙しそう(汗)。そこで田中さんは、おすすめのギャラリー「Metro Gallery」を教えてもらい、訪ねてみることに。そのギャラリーで田中さんが興味を持ったのが、感情の瞬間を色を使って表現し、また見る人には作品に触って参加してもらいたいという絵を描いている、ラーニ・ミッチェルさん(26)の作品。小野アナウンサーの後日調べた情報によると、なんと彼女、日本が大好きなアーティストで、作品を描く前には必ず緑茶を飲んで瞑想してから取り掛かるんだとか。そしてこの時、田中さんが見た作品は、日本酒の美味しさに感動して、その感動を描いた作品だそうです。

一方の鶴瓶さんは、Footscray(フッツクレイ)地区へと移動。鶴瓶さんに付いてくれた通訳は、木佐貫佳那さん。住宅街を歩いていると、大きな家具を車に運び込んでいる男性と出会います。話を聞くと、彼の彼女がこの家の住人から買ったタンスを、彼女の家まで運んであげるところだとか。親切にも鶴瓶さんは手伝ってあげることにしますが、なんとそこで招集し手伝わせたのは、後日開催する落語会のためにメルボルンに来てロケに付いて回っていた、鉄瓶さん、瓶二さん、乾瓶さんという3人の鶴瓶さんのお弟子さん。4人かかりで、何とかタンスを車に積み込むことが出来た鶴瓶一家でした(笑)。

ギャラリーを出た田中さんは、先ほどのオークションハウスに戻り、店から出てきたコレクターを捉まえて話を聞いてみることに。田中さんが店の前で”張り込み”を続けていると、一人の女性が出てきて、車に乗り込むところを突撃インタビュー!(笑)。親切にインタビューに応じてもらい、車に積んであった絵画を見せてもらうことは出来ましたが、自宅に訪ねたいとお願いしたところ、それは断られてしまいました(汗)。

次に、高級住宅街のMiddle Park(ミドル・パーク)地区に移動した鶴瓶さん。孫と連れ立って歩く年配の女性を見つけ、声を掛けます。13歳の時にイスラエルから移り住んだという彼女には、なぜか鶴瓶さんの話す関西弁や、たどたどしく話す英語の単語が美しく聞こえるらしく、家に招いてくれることに。彼女の自宅は、海岸沿いに建つ1938年に建てられた立派なヘリテージハウス(市に保護が義務付けられた建造物で、外装・内装の工事には許可が必要)で、とてもステキ!。道路沿いの窓からは、その向こう広がる海が一望でき、裏手からは住宅街の先にそびえるメルボルンの摩天楼が眺められます。綺麗に刈られた芝生の庭には、ご主人が栽培している野菜の鉢や果物の木も。木から採って食べさせてくれたオレンジは、とても美味しかったそうです。73歳になるという彼女は、今でも1階の倉庫で中国人のスタッフを雇ってエプロンなどを作って販売しているそうで、とてもイキイキとしています。

ここでちょっと一息、スタジオから、「家族に一杯」の時間です。
 この街で生活する人たちに欠かせないのが、コーヒー。メルボルンは、”カフェの街”とも言われています。やって来たのは、地元の人がオススメするカフェ、「Mart 130」。駅舎を改築して作ったというこのカフェで頂く本日の一杯は、「ラテ」(Caffè Latte)。温かいミルクと泡立てたミルクが載ったコーヒーで、メルボルンの人達が大好きな一杯です。他にも、日本ではあまり馴染みのない拘りの飲み方があり、ダブルのエスプレッソに少しのミルクを入れた「Long Macchiato」、ラテより泡立てたミルクを減らした「Flat White」など、さすがにカフェの街ならではです!。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、「Come to Me」(by Koop)でした。

ステキな家族を探して、Malvern(モルバーン)地区にある夕暮れの公園を訪れた田中さん。隣家の奥さんと一緒に犬の散歩に来ていた可愛らしい少女、タラちゃんと出会います。彼女は、2年生の時に日本でホームスティした経験があり、『家はとっても小さかったけど、みんな親切だった』とのこと(笑)。そこで、タラちゃんのお宅を訪ねたいと、隣家の奥さんに頼んで、タラちゃんのお母さんに連絡を取ってもらうことに。連絡を貰えるまで、だいぶ時間がかかり、辺りはすっかり暗くなってしまいました。ようやく電話がかかってくると、お母さんは外出中で連絡が付かず、お父さんに相談したところ、快くご自宅に招いてくれるとのことで、ダメかと心配していた田中さんは大感激。

一方の鶴瓶さんは、メルボルンで暮らす落語家に会いに、Elsternwick(エルスタンウィック)地区へ。訪ねたのは、鶴瓶さんの弟弟子になる鶴笑さんの弟子の「笑福亭笑子」さんの自宅。笑子さんは、腹話術で行うパペット落語がメルボルンで注目されているパフォーマーです。息子さんも一緒に、お母さんのパフォーマンスのことや、オーストラリアでの暮らしぶりについて話を聞きました。

タラちゃんの家を訪ねた田中さん。タラちゃんのお父さんが、タラちゃんのお兄さんや妹と一緒に、ご自宅に招き入れてくれました。今日はお母さんが出かけていて、晩御飯はお父さんの手作りのピザ。ちょうど生地が出来て、これからトッピングを載せていくところだそうです。そこに、ちょうどお母さんが帰宅。何も聞かされていなかったお母さんは、日本人のテレビ撮影クルーの一団が自宅に居るのを見て、少しびっくり(笑)。でも直ぐに、お母さんも快く田中さんを歓迎してくれました。子供たちは、学校で日本語の勉強をしているそうで、日本にはとても親しみを感じているそうです。子供達は、子供部屋だけでなく、両親のベッドルームまで家中を案内してくれて、お母さん手作りの”刺し子”のクッションも見せてもらった田中さんは、とても嬉しそうです。この自宅の建物は、柱から壁まで全部、ご主人が手作りで建てたそうです。今は庭の倉庫で、日本のホンダとヤマハのオートバイを、フレームやタンク等の部品を取り寄せて、一から自分で組み立てている途中と、その様子も見せてくれました。子供たちは、お父さんがバイクのレースで獲った優勝トロフィーを、自慢そうに田中さんに見せてくれました。

鶴瓶さんは、メルボルンには銭湯が2軒もあるという噂を聞いて、訪ねてみることに。探し当てたのは、「お風呂屋-ofuroya」(The Japanese Bath House)。スタッフはみな日本人で、日本語で撮影交渉をすることは出来たのですが、生憎とオーナーがヨーロッパへ旅行中で、中を見せてもらうことは出来ませんでした。落語会のためにメルボルンに滞在していた鶴瓶さん、後日オーナーが戻ったと連絡を貰い、再度お風呂屋を訪ねてみます。中は、銭湯というより、ホテルの大浴場といった雰囲気で、とてもキレイ。畳を敷いたマッサージルームもあって、そこに座って若い女性オーナーに話を聞きました。この銭湯は、オーストラリアに移住したかった彼女の母親が、オーストラリア人と結婚せずにビザを取るには、オーストラリアと日本の架け橋になるようなビジネスをするしかないと、10年がかりで続けてきた商売だそうです。娘さんは、ここで指圧師をしている日本人のご主人と1年ほど前に結婚したそうですが、そのご主人もまた、ビザを取得するのに時間が掛かり、結婚が延び延びになったとか(汗)。

田中さんが、ダイニングキッチンに戻ると、奥さんから食事を一緒にとのお誘いが!。家族と一緒にテーブルについた田中さん、ご主人手作りの美味しいピザを頂きながら、ご夫婦の馴初めや、夫婦円満の秘訣などについて話を聞くことが出来ました。

ロケの2日後、鶴瓶さんは、海外スペシャルのロケで恒例となった無料の「落語会」を、ソフィテル・メルボルンホテルで開催し、今回もまた満員御礼の大盛況だったそうです。

海外スペシャルの再放送の予定が決まりました!。再放送は、8月25日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された オーストラリア・メルボルンの名物など

 

 7月24日  千葉県館山市(ゆず) ~鶴瓶&ゆず三人旅SP~


以下のページで、本ホームページの記事を無断盗用されて困っています

livedoorブログ「市原市に憲法と地方自治を活かす会」にて、7月24日放送内容を記した当ページのコンテンツが、ほぼ丸ごと無断で盗用され、検索サイトから当方がペナルティを受けるなどして困っています。

閲覧されている皆様、誤解なきよう、よろしくお願い致します。

旅のゲストは、人気フォークデュオ「ゆず」の、北川悠仁(きたがわ ゆうじん)さんと、岩沢厚治(いわさわ こうじ)さん。いつもなら、鶴瓶さんとゲストによる二人旅ですが、今回は異例の三人旅ですね!(笑)。ゆずのお二人は、同じ横浜市磯子区出身の同級生。1996年3月、二人が19歳の頃にデュオを結成し、横浜松坂屋の前で路上ライブを続けているうちに徐々に注目されるようになり、1年半ほどでインディーズデビュー。最後の路上ライブには、なんと7,000人ものファンが集まったとか!2年後の1998年6月には、1stシングルを発売し、その後はヒット曲を連発、2003年にはNHK紅白歌合戦にも初出場を果たしました。

ゆずの二人が選んだ旅の舞台は、千葉県館山市。千葉県の房総半島の、ほぼ南西端に位置しています。漁業が盛んで、都心から車で1時間半ということもあり、海水浴客でも賑わう場所です。ゆずのお二人は、横浜という港町で生まれ育ちましたが、横浜以外の港町を知らず、『海辺の町で漁師メシなどを食べながら地元の人達と交流したい』と、旅先を選んだそうです。旅の目的を、私は勝手に、”柚子”さがしか、”X”ゆかりの地めぐりと予想したのですが、ゆずの二人の口からは、エックスのエの字も出てきません・・・(汗)。NHKスタッフが”忖度”して、館山市を旅先に選んだのでしょうか?

ちなみに、デュオの名前の由来は、結成当時に2人がアルバイト先の食事会で食べた”柚子シャーベット”から、「ゆず」と名付けたとか。柚子の産地としては、四国や南九州が有名ですが、千葉県の南房総でも柚子が生産されており、柚子を使ったお菓子や特産品が沢山あります。

また、館山市は、人気ロックバンド「X JAPAN」のYOSHIKIさんとToshiさんの出身地。1982年に、当時安房高の2年生だった二人が中心となり「X(エックス)」が結成されました。そして、ゆずの北川悠仁さんは、X JAPANの大ファン。ゆずが2004年7月にリリースし、NHKのアテネオリンピック中継の公式テーマソングになった『栄光の架橋』は、X JAPANをインスパイアして誕生した曲だそうです。館山市では、2人が高校まで過ごした思い出の地や足跡を巡る「Xゆかりの地ツアー」が人気だそうです。


ロケが行われたのは、平成29年6月21日(水)。この日は、関東甲信が6/7に梅雨入りしてから2週間もずっと本降りの雨が降らなかったのに、やっと降ったかと思ったら、記録的な暴風雨となってしまいました(汗)。

雨が激しく降る中、千葉県館山市相浜の漁港で待ち合わせた、ゆずの二人と鶴瓶さん。ちなみに、ゆずの二人は、背の高い方がリーダーの北川悠仁さんで、背が低く髪の短い方がサブリーダーの岩沢厚治さん。なぜ2人組のデュオなのに、リーダーとサブリーダーがいるのかって?、さぁ~(笑)。風も強まりずぶ濡れになるゆずの二人は、雨風をしのごうと、古びた倉庫の軒下に身を寄せます。足元に転がる、捨てられたブラウン管テレビが物悲しい・・・。そこに、ようやく鶴瓶さんも到着。なんと、ゆずは今年デビュー20周年目、”家族に乾杯”も放送開始20周年。『どちらも路上からスタートしたのに、こっちは未だに路上で大ホールには行けない』と鶴瓶さん(笑)。

港町を歩き出した鶴瓶さんとゆずの三人ですが、風はますます強まり、ビニール傘は折れ曲がり、いまにも吹き飛ばされてしまいそう(汗)。外では人と出会えないと判断した鶴瓶さん、『こうなったら、お店に行くべきよね』と。しかし、最初に見つけた「相浜亭」は生憎の定休日。その奥にあった民宿「森荘」は、予約のお客さんだけで仕込みの真っ最中とのこと。すると鶴瓶さん、『ちなみにですが、今日の魚は何ですか?』と訊ねると、『タイ、トビウオ、サザエ、ヒラメ』だそうです。食べたい感丸出しで質問を重ねる鶴瓶さんは、遂に自家製の梅干しをゲット!。そのやり取りを間近で見ていたゆずの二人は、感心しきりです(笑)。

次に三人が見つけたのは、「富崎ベーカリー」の看板。しかし看板には、”本日は終了しました”の張り紙が・・・。すると鶴瓶さん、『いやいや、そんなん終了しててもええねん』と先頭に立ってさっさと店に向かいます。ずぶ濡れになりながら、鶴瓶さんの後に続くゆずの二人は、『なるほど!』と、何かを悟った様子(笑)。店は定休日でしたが、運よく店内ではご主人が明日のパンを仕込んでいて、三人を迎い入れてくれました。7年前に、脱サラして都内から移住してきて、ベーカリーを開業したそうです。パンが焼き上がるのを待つ勢いの鶴瓶さんを、『さすがにそれは・・・』と制したゆずでした(笑)。

ここでスタジオから、館山市の魅力をビデオ紹介。実は館山市は、ゆずの名曲と深い関わりがあるそうで、その名曲にのせての紹介です。

まずは、海岸から少し離れた場所に自然にできた巨大な砂山。この砂山で今人気なのが「サンドボード」。長さ100メートルの砂山を滑り降りるのは、ゆずの名曲『夏色』の歌詞、『♪この長い長い下り坂を、君を自転車の後ろに乗せて・・・』と深い関係が!
 次は、江戸時代からの伝統をほこる「房州うちわ」。竹の選別から紙貼りまで職人の手作業による逸品。この美しさを醸しだしているのが、竹が描く曲線。それはまさに、『栄光の架橋』だ!(笑)
 せっかく館山に来たなら、最後に見て欲しいのが「館山の夕日」。館山湾は、内海で波が穏やかで、夕日が鏡の様に反射して美しいことから、別名”鏡ヶ浦”とも呼ばれています。この夕日を見ていると、なぜか涙が・・・。涙と海と言えば、『雨のち晴レルヤ』(連続テレビ小説”ごちそうさん”の主題歌)。こんな素敵な夕日が見れると、きっといい明日が迎えられそうです!。

続いて、鶴瓶さんとゆずが訪れたのは、3軒しか残っていない民宿の一軒、「安田丸」。こちらは釣り船もやっていて、風が強くて船が港に帰ってきたところだそうですが、まだご主人も釣り客も宿には戻っていません。そこで三人は、隣にある残りの一軒の民宿、「とよだや」へ。こちらは、表で八百屋「豊田屋商店」を営みつつ、裏手で民宿をしているそうです。横浜に勤めている娘さんは、ゆずの大ファンだそうで、娘に送ってやりたいと、まずは全員で記念撮影(笑)。そこでご主人から、裏の民宿で休んでいったらいいと優しいお言葉!。

ようやく、民宿とよだやの部屋に上げてもらうことが出来た、びしょ濡れの三人。ゆずの北川さんは、ドライヤーを借りて髪の毛を乾かしますが、鶴瓶さんと岩沢さんは必要なさそう・・・(汗)。今が旬のビワを頂き、人心地がついた三人は、豊田さんご夫婦に、馴初めや暮らしぶりについて話を聞きました。ご主人は、昔はタンカーのキャプテンをしていたそうで、横浜に入港しては二人でよく横浜をデートしたとのこと。そこで三人は、当時の写真を見せてもらい、話に花を咲かせました。

ここで別れることにした、鶴瓶さんとゆず。ゆずの二人は、もう暫く民宿とよだやに残って、遊びに来た奥さんの高校の同級生との会話を楽しみました。高校生当時、二人はよく喫茶店の”なかぱん”でおしゃべりして過ごしていたそうです。知らないゆずが、『ナカパン?』と聞き直すと、『えぇ~、すごい有名じゃない!』と、”なかぱん”を知らない人がいることに奥さんらは驚いた様子(汗)。奥さんらは、『中村屋のソフトクリームの味は、横浜でも食べられない』と大絶賛。

鶴瓶さんは、民宿とよだやで教えてもらった2軒あるという寿司屋の一軒、「富鮨」へ。すると、カウンターの奥には、変わった名前の付いた手書きのメニューがびっしり(驚)。女将さんに、「都はるみさん握り」とは何か尋ねると、『♪アンコ~椿は~』で”アンコウ”だそうです(笑)。「ロシア民謡握り」は何かと考えた鶴瓶さんですが、答えがでず、これは”トロイカ”。でも、「オリンピックの古橋さん握り」は、”トビウオ”だと分かった鶴瓶さん、大喜びです(笑)。シャレの効いた大将に、トビウオと旬のカツオを握ってもらい、カウンターでお鮨を堪能した鶴瓶さん。その後、座敷に上がって、大将ご夫婦に、馴初めや暮らしぶりについて話を聞きました。

巴寿しのブダイ握り一方、ゆずの二人は、もう一軒の寿司屋、「巴寿し」へ。豊鮨の年季の入った大将とは逆に、こちらは6年前に先代が急逝して跡を継いだ息子さんは、まだ33歳とお若い!。大将から『温かいお茶でいいですか?』と尋ねられた北川さん、周りの様子をうかがいつつ、小声で『瓶ビール?』と・・・(汗)。『家族に乾杯だけに、乾杯しないとね!』と言い訳しつつ、ものすごくニコニコした笑顔で、グビッとグラスを空けた二人でした(笑)。女将さんに横に座ってもらい、ご家族の話を聞きながら、地魚の握りをおまかせで頼むと、まず出されたのは”ヒラマサ”。次は、おすすめだからと2貫ずつ、”ぶだい赤づけ寿し”。これだけ食べに横浜からバイクに乗って来るお客さんもいるそうで、ゆずの二人も大満足の一品でした。

ここでちょっと一息、スタジオから、「家族に一杯」の時間です。
まご茶 訪ねた一軒のお宅で頂いた本日の一杯は、郷土料理の「まご茶」。新鮮なアジを三枚に下ろして皮を剥ぎ、包丁でたたき、味噌と薬味を入れ混ぜ合わせます。それをご飯にのせて、最後はカツオと昆布を合わせた出し汁をかけたら出来上がり。もともとは、船乗りの方が仕事をしながら、その時のとれた魚を、(まごまごせず)お茶漬けでさらさらっと早く食べられるということから付いた名前のようですが、あまりに美味しかったので、孫にも食べさせたら喜んで食べてくれたからという説も。地元では、給食にも出されるソウルフードですが、お孫さんにとっては、やっぱり自分ちのお婆ちゃんが作ってくれたまご茶の方が、オリジナルな味の工夫があって美味しいそうです(笑)。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、「はじめてのチュウ(「キテレツ大百科」より)」(by ラスマス・フェイバー・プレゼンツ・プラチナ・ジャズ)でした。

館山中村屋のモカソフトとクリームあんみつ次にゆずの二人が訪ねたのは、館山の人なら知らない人はいない、皆が子供の頃から食べて育ったという、”なかぱん”こと「館山中村屋」(館山駅前店)。1階でパンを買ってから、それを持って2階のカフェへ移動した二人は、地元の奥さんたちが絶賛する”モカソフト”のコーンと、クリームあんみつ(ハーフ)を注文。甘すぎず、とても美味しいそうです。案内してくれたのは、お店の若奥さんで、新宿中村屋から暖簾分けしてもらった創業者の孫にあたる専務さん。『毎週見ています~』という挨拶に、北川さんが『鶴瓶さんと さっきまで一緒だったんですけど・・・』と言い訳しますが、ゆずに会えただけで大満足の奥さんは、『(鶴瓶さんは)いいです』と(笑)。息子さんは横浜で勤めていて、娘さんは安房(あわ)高校で体育教師をしているそうです。写真を見せて欲しいとお願いすると、見せてもらったのは、顧問をしている剣道部が関東大会で優勝した時の写真。そこで奥さんから、安房高校に行ってみてはとの提案が。なんと安房高校は、X JAPANのYOSHIKIさん達の母校と教えられた北川さん、『え~、知らなかった!』とビックリ。そこで、Xファンの北川さんは、『行かなきゃダメじゃん、オレ』と、安房高校を訪ねてみることに。

悠々自適田舎暮らし、千辰不動産一方、新たな出会いを求めて車で移動中の鶴瓶さん、駅前で”悠々自適 田舎暮らし”と書かれた「千辰地所」の看板を見つけ、先に会った富岡ベーカーリーの方が移住してきたことを思い出して、その不動産会社を訪ねてみることに。すると社長の白幡さん、地元振興のためにいろいろ熱心に尽力されている方でビックリ。隣にある「とれたて市場健人館」は、館山には道の駅が無かったことから、農業や畜産などをしている仲間ら七人が集まって、自力で開業に漕ぎつけた産直市場だそうです。また、安房高の後輩であるX JAPANのYOSHIKIとToshiが中学時代に練習していたスタジオが取り壊されることになり、それを移設して保存する会を立ち上げ、私財を投じて近くに「館山MJGスタジオ」として残しているそうです。

館山の防災無線放送(行政放送)ゆずの二人は、なかぱんの娘さんを頼って、「安房高校」へ。しかし、生憎と研修会があって留守でしたが、校長先生が気さくにゆずを迎い入れてくれました。校長室には、校長先生とYOSHIKIの二人のツーショット写真が飾られていて、Xをリスペクトする北川さんは、写真に手を合わせ拝んでから拝見(笑)。また、館山市では週末の5時になると、YOSHIKIさんの作った曲『Forever Love』が防災無線放送で流されるそうです。その話を聞いて、『もうすぐ5時だ!』と喜んだゆずの二人でしたが、この日は水曜日で放送はありません(汗)。

千辰地所の白幡さんに案内してもらい、YOSHIKIらゆかりのスタジオ「館山MJGスタジオ」を訪れた鶴瓶さん。壁に残された当時のYOSHIKIとToshiのサインや、当時のままというドラムセットを拝見し、大そう感激。2年前にここを訪れたYOSHIKIも、ドラムに座って、しばらく動かなかったそうです。
鶴瓶さんは、再び千辰地所の事務所に戻ると、「とれたて市場健人館」を立ち上げたという”七人の侍”のメンバーらに集まってもらい、当時の様子などについて話を聞きました。

この週末が文化祭という安房高校の校舎内を案内してもらったゆずの二人。廊下でゆずとすれ違った生徒たちは、一様に驚きの声を!そりゃそうでしょ(笑)。体育館を訪ねると、バスケット部が練習中。高校時代はバスケ部だったという北川さんは、当時を懐かしんでバスケに熱中。ベンチに座ってその様子を見ている岩沢さんは、なにかオヤジ風(笑)。
次にゆずが剣道場を訪れると、男女の剣道部員たちから、『エェェ、ヤバい、キャー!!!』と悲鳴とも歓声ともつかない雄叫びが(笑)。道場に座って生徒さん達としばし交流を楽しんだゆずの二人、練習を見たいとお願いすると、逆に歌って欲しいとお願いされてしまいます。そこで、ゆずの二人は、明後日が誕生日というコウキ君のために、『”コウキ”の心へこの唄が届きますように、やさしい笑顔曇らぬように この唄を贈ります~♪』とハモってくれました。ゆず効果か?、安房高校の剣道部は、撮影後の週末に行われたインターハイの県予選で男女アベック優勝を果たし、みごと全国出場を果たしたそうです。

再放送は、7月28日(金)午前0時10分~午前1時25分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 館山市の名物など

 

 7月10日  鳥取県日南町(羽田美智子さん) ~日本の原風景SP~

旅のゲストは、女優の羽田美智子(はだ みちこ)さん。茨城県常総市出身の48歳。1988年に、日本旅行のキャンペーンガールに選ばれ、芸能界デビュー。現在、NHK朝の連続テレビ小説『ひよっこ』で、ヒロイン・有村架純さんが演じる主人公”谷田部みね子”の幼馴染で同級生、助川時子(佐久間由衣さん)の母親、”助川君子”役を演じています。テレビ朝日で2003年から続いている2時間ドラマ『おかしな刑事』では、伊東四朗さんと共演する主人公のひとり、警察庁の警視・”岡崎真実”役を演じていますが、彼女の恋人で警視庁捜査一課の刑事・”五十嵐進”役を演じているのが、鶴瓶さんの御子息、駿河太郎さん(38)です。つまり、鶴瓶さんと羽田さんは、息子の嫁と舅の関係ですね(笑)。

今回の旅の舞台は、鳥取県日野郡日南町(にちなんちょう)。中国山地の真ん中に位置する鳥取県日南町は、島根・岡山・広島の3県に接し、東西25km・南北23kmという広大な面積が広がりますが、その9割は森林で、林業の盛んな町です。夏には、海より山に行きたいと語る羽田さんは、木がとても好きだそうで、”森林が豊かな町で自然と共にくらしている方と出会いたい”と、日南町を旅先に選びました。羽田さん自身も、そんな自然と共に暮らす生活に、憧れを抱いているようです(汗)。そういえば羽田さん、昨年放送のNHKドキュメンタリー『発見!体感!にっぽん水紀行』では、2回もゲストとして登場し、岩手県遠野市と、静岡県の富士山の源流へと旅をしていましたね。日南町も”源流の郷”とも呼ばれるように、面積の90%を占める豊かな森からいずる名水が、町のあちこちに湧いています。


ロケが行われたのは、平成29年6月2日(金)。日南町(にちなんちょう)の生山駅(伯備線)近くの日野川に架かる「日南橋」の上で待ち合わせた、鶴瓶さんと羽田さん。町内をブラブラ歩き出すと、日南町商工会館の2階の窓から、大勢の人たちが二人を見つけ手を振ってくれます。話を聞くと、日南町の特産は、野菜ではトマトが有名ですが、まだ時期ではないそうです。そこに、向かいの家から出てきた女性とバッタリ。先に鶴瓶さんから、『最初に会った人が 一番大事ですからね』と聞かされていた羽田さん、『お宅にあがらせてもらってもいいですか?、なんか喉が渇いちゃった』と。それを横で聞いた鶴瓶さん、『あんた大胆やな!それはないやろ~』と呆れ顔(笑)。出会った女性もいきなりの出来事に恥ずかしがり、断られてしまいました(汗)。

日野川沿いから生山駅前を通る県道223号線に出ると、山間の景色が一変、幾つもの商店が並んでいます。そのうちの一軒、「長谷部モータース」を訪ねると、店番をしていたお婆ちゃんが出迎えてくれました。店内には、孫が川で獲ってきた魚を飼っている水槽が幾つも置かれています。裏の自宅では、孫が川で獲ってきたウナギも飼っているそうで、鶴瓶さんが見せて欲しいと頼みますが、お婆ちゃんは『裏だからダメ、息子に怒られる』と、頑なに拒み続けます(汗)。

ここでスタジオから、日南町の魅力をビデオ紹介。案内役は、日南町の”ミチコ”さん。日南町に暮らしていて感じている”幸せ”を、紹介してくれました。
ヒメボタル”幸せ気分その1”は、「美しい里山」。日南町には、次世代に残したいと環境省により選定された「生物多様性保全上重要な里地里山」があり、どこか懐かしい風景が広がっています。特に、7月上旬に見ることのできる季節限定の幸せな光景が、夜の山を光で彩る”ヒメボタル”。福万来地区のホタルは、日本最大規模だそうです。自然のイルミネーションで、幸せ気分をゲット!。
”幸せ気分その2”は、「フクフクめぐり」。日南町には、千年以上もの歴史を持つ「樂樂福(ささふく)神社」をはじめ、”福”の字が付く神社やお寺が9つもあり、これらをお参りしながら、幸せ気分をゲット!。
オッサンショウオ”幸せ気分その3”は、日南町の公式キャラクター「オッサンショウオ」。町内の川に生息している国の天然記念物”オオサンショウウオ”は、夜行性のため見つけるのは困難ですが、オッサショウオなら町中至るところで見つけられます。愛嬌溢れるその姿を見れば、あなたも幸せ気分をゲット!。

鶴瓶さんと羽田さんは、長谷部モータースの裏がどうなっているのか気になり、勝手に覗きに行ってみることに。すると、脇にあったパーマ屋さん「ふじ美容室」から出てきた女性が、『鶴瓶さん、パーマ屋に入ってごぜ』と声を掛けてくれました。店に入ってみると、頭に沢山のロッドを巻いたパーマ中のお客さんが一人。話を聞くと、お宅は和太鼓を作っている「大枝太鼓店」で、4代目になる息子はメンバーを集めて、「奥日野源流太鼓」という太鼓を演奏する会を立ち上げたとのこと。ぜひお宅に伺いたいと鶴瓶さん、お母さんを送り向かいしてくれる息子に電話してみると、米子に出ていて、戻るにはまだ1時間ほどかかるそうです。そこで、ロケバスにお母さんを乗せて、一緒にお宅に伺うことに。
出迎えてくれたのは、3代目のご主人。居間でご夫婦に話を聞きながら、結婚式と金婚式の時の写真を拝見すると、金婚式の写真の中から、私が先に死んだら読んでと、結婚50年を振り返って奥さんが書いたという手紙が出てきました。ここで、またまた大胆な羽田さん、『見たいです、今』と(汗)。すると奥さん、私が死んだ時にはお二人は居ないですからと、その手紙を読んで聞かせてくれることに。『私の結婚生活の出発は、小さな小さな舟でした。大家族という・・・』と、ご主人も初めて知ったというその手紙を、目を潤ませながら聞いていた三人。しかし、聞き終わって鶴瓶さん、『もう1枚書いて下さい、そこにね いっぺんもお父さんのことが書いてないねん!』と(笑)。しかし羽田さんは、『でも、女ってそういうもんですよねぇ』と大笑い。

そこに、息子さんが到着。鶴瓶さんと並んで歩く二人の後ろ姿を見た羽田さん、髪の毛の様子と体型がソックリと(笑)。工場で太鼓を拝見しながら、奥日野源流太鼓について話を聞いていると、そこに偶然にもメンバーの一人、しんちゃんがマイ太鼓を担いで訪ねてきました。実はこの方、先に訪ねた長谷部モータースの息子さんとのこと(驚)。鶴瓶さんが、『息子に怒られるからと、ぜったいにウナギを見せてくれなかった』と話すと、『そんなことはないですよ』と息子さん。そこで後日、スタッフが再度お婆ちゃんを訪ねると、鶴瓶さんが訪ねてきた時は本当に気が動転していて、後から振り返って、なんで見せてあげなかったのかと後悔したそうです(笑)。ビデオで紹介された孫が川で獲ってきたというウナギは、体長が60センチもあり、とても立派。名前は無いそうです(笑)。また、後日スタッフが撮影してきた、奥日野源流太鼓の練習風景もスタジオで放映されました。現在のメンバーは、子供から大人まで18人で、夏のイベントに向けて猛練習中だそうです。

ここで別れることにした、鶴瓶さんと羽田さん。羽田さんが、次は何処に行こうかと考えているところに、先ほど商工会の前で記念撮影した写真に入れなかったと、何人かの人たちが羽田さんを追いかけて会いに来てくれました。話を聞くと、そのうちの一人は、森林組合の方。もともと森が見たくて日南町に来た羽田さん、彼に「日南町森林組合」の事務所に連れて行ってもらうことに。森林組合の皆さんに、美しい森の中で暮らしているお爺ちゃんお婆ちゃんに出会いたいと相談すると、河上くん家がいいと全員の意見が一致。その河上くんに案内してもらい、羽田さんは彼のお宅を訪ねることにしました。

一方の鶴瓶さんは、新たな出会いを求めて、峠を越えて笠木地区へ移動。辺りを歩き回ってみますが、誰とも出会えません。諦めて戻ろうとしたその時、一台の車が停まり、腰の曲がったお爺ちゃんが車から降りて駆け寄ってきてくれました。なんとこの方、日南町の阿毘縁(あびれ)地区に住んでいるそうですが、平成25年11月と12月に放送された伊武雅刀さんとの島根県奥出雲町への旅で、たまたま写真のプリントアウトに奥出雲町の写真屋を訪れ、鶴瓶さんと出会ったそうです。話を聞いてお爺ちゃんのことを思い出した鶴瓶さん、偶然の再会に、大そう喜びました。

ここでちょっと一息、スタジオから、「家族に一杯」の時間です。
香茸おこわ 朝5時、廃校になった校舎を訪ねると、地域のお母さん達が集まっていました。月に一度(第1日曜日)、道の駅に出荷する一品を作っているそうです。それが本日の一杯、「香茸おこわ」(香茸入り大山おこわ)です。黒いのが、香りの正体で主役の”香茸”。香茸(こうたけ)は、”美味しさは松茸以上の幻の茸”とも言われる貴重なキノコで、その独特の香りが、このおこわの最大の魅力だそうです。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、「Sunrise」(Norah Jones)でした。

はんざけのクッション次に、印賀地区に移動した鶴瓶さん。道端で見つけた、手書きで”遊びに来てかーさい”とのメッセージが添えられた「つくし工房」という看板を頼りに、旧大宮小学校の校舎を訪ねますが、戸は鍵が閉まっていて誰もいません(汗)。看板に書いてあった電話番号に電話をすると、『毎日は開けていないので、今から行きます』と。するとその時、向かいのお宅から女性が表に。今の電話の相手がこの女性と勘違いした鶴瓶さん、話を聞くと、電話の相手ではないですが、この女性もつくし工房のメンバーの一人だそうです(驚)。たまたま郵便局に行こうとしたところだそうで、鍵を取りに家に戻ってくれている間に、先ほど電話に出てくれた方も到着。鍵を開けてもらい、まなび宿おおみや(旧大宮小学校)の2階に上がると、廃校になった小学校の教室に、藤づるや木の実など使ったリースや絵手紙など、様々な小物が、所狭しと飾られています。主に活動しているメンバーはたった3人だそうですが、とても沢山の作品にビックリ。中でも、”はんざけ”(当地におけるオオサンショウウオの呼名)を模した可愛らしいクッション(抱き枕)の「ショーちゃん」は、道の駅で売っていて、とても好評だそうです。

森林組合の河上くんのお宅にお邪魔した羽田さん。山間に建つ立派なお宅で出迎えてくれたのは、河上くんのお母さんとお婆ちゃんですが、とてもお若い。さらに92歳の大きい(曾)お婆ちゃんも健在で、この日はデイサービスに行っていて留守でした。野菜は自給自足という畑を見させてもらいながら、皆さんに、森の中での大家族の暮らしぶりについて話を聞かせてもらいました。

鶴瓶さんは、つくし工房の方に案内してもらい、旧大宮校舎内の別の教室に作られた、たたら顕彰会による「たたらの楽校」(大宮楽舎)を見学させて貰うことに。この地域は、砂鉄を原料に鉄を作る日本の伝統的な製鉄方法の”たたら製鉄”で栄えたところで、その歴史についての様々な資料が展示されています。また、別の教室には、個人の方が手作りしたというジオラマが展示してありました。その作品の出来栄えに大そう感動した鶴瓶さんは、その作り主の井上さんを訪ねてみることに。

トマトソフトクリーム羽田さんは、特産のトマトを使ったソフトクリームが食べられると聞き、道の駅「日野川の郷」に入っているお店、「まるごととまと」へ。このショップでは、トマトを使った様々な商品が売られています。その場で作ってもらった”トマトソフトクリーム”を見て羽田さん、『ニンジンみたいな色をしている』と(笑)。羽田さんが、店の人にトマトを生産している方を紹介してもらいたいとお願いすると、ちょうどトマト栽培の講習会があって生産者の方が集まっていると聞き、案内してもらうことに。そこで、人が好さそうな一人のお爺さんを見つけた羽田さん、お宅に伺いたいとお願いします。すると、アスパラガスの苗を人に運んでもらうので、その軽トラの後を付いてくればいいと言い残して、本人は何処かに行ってしまいます。慌てて走って後を追った羽田さんですが、裏からバイクに乗って出発したお爺さんは、あっという間に見えなくなってしまいました。『もしかして私、まかれてる?』と羽田さん、仕方なく軽トラの後を追うことに(笑)。

ジオラマ鶴瓶さんが井上さんのお宅を訪ねると、このお宅もステキに手入れされた立派な古民家で、ビックリです。広い縁側から居間に上がらせてもらうと、井上さんの奥さんが、奥から”嫁入り道中”や”田植え風景”、”雪の中の子供の集団登校”などの様子を模した大きなジオラマを幾つも出してきて、見せてくれました。奥さんから、場所を取って邪魔になるし散らかるし、人に見せたいと思って作っている分けではないので、もう止めようかなと思っていると聞いた鶴瓶さん、『アホなこといいはんな、やり続けてくださいね!』とお願いすると、奥さんからは『はぁ~』と大きなため息が(笑)。

羽田さんが軽トラックの後を付いていくと、何処に行くのかと心配になるほど、どんどん山の中へ・・・。ようやく一軒の民家に辿り着くと、そこにはさっきのお爺ちゃんの姿があり、ホッとした羽田さんでした(笑)。家に上がらせてもらうと、山の中の一軒家だというのに、このお宅も広くて立派でビックリさせられます。話を聞くと、自分で植えて育てた檜を山から切り出し、製材所に運んで材木にしてもらって乾かして、全てその材木を使って20年前にこの家を建てたんだそうです。最後、羽田さんがまさに行きたいと願った豊かな森の中で、民家をバックに、皆さんと写真撮影をしてお礼を伝えた羽田さんでした。

再放送は、7月14日(金)午前0時10分からと思ったら、先週からウィンブルドンテニスの中継が始まってしまったため未定だそうです・・・(汗)。

 


番組内で紹介された 日南町の名物など

 7月3日  宮崎県宮崎市(勝村政信さん) ~ミラクル連発!?~

旅のゲストは、俳優の勝村政信(かつむら まさのぶ)さん。埼玉県蕨市出身の53歳。勝村さんは、平成20年に福井県永平寺町を旅して以来、9年ぶり2回目の出演です。私的には、勝村さんと言えば、米倉涼子さん主演の『ドクターX ~外科医・大門未知子~』で、”腹腔鏡の魔術師”と呼ばれるほど腕はいいのに出世できない三枚目キャラの外科医、”加地秀樹”役がハマっています。

また、勝村さんといえば、大のサッカー好き!。高校生時代は、Jリーガーを何人も輩出している浦和北高のサッカー部に所属し、今でも俳優仲間や清水圭さんらとシニアのサッカーチームでプレーしていて、プロ級の腕前とか?。サッカー観戦も趣味で、テレビのサッカー番組にもしばしばゲストとして出演するなど、芸能界きっての”サッカー通”として知られています。

今回の旅の舞台は、宮崎県宮崎市。宮崎は、プロ野球はもちろん、Jリーグでも多くのチームがキャンプをしている場所なので、サッカー繋がりかな?と勝手に予想したのですが、違っていました(汗)。勝村さんは、年を経るにしたがい土いじりをするようになり、最近は植木鉢でフルーツを育てるのが趣味に。そこで、フルーツを育てている人達に会いたいと、フルーツ天国である宮崎を旅先に選んだそうです。でも勝村さん、2003年に「とんねるずのなさんのおかげでした ~食わず嫌い王決定戦~」に出演した際は、食べると喉がイガイガすると、”メロン”が嫌いだったはずなのですが・・・?。


ロケが行われたのは、平成29年5月24日(水)。宮崎市清武町の岡ノ下公園で待ち合わせた、鶴瓶さんと勝村さん。鶴瓶さんを待つ間、勝村さんは『今日の”じゅん散歩”、”ちい散歩”は・・・』とか、公園に置かれていたパンダの遊具を見つけて、『鶴瓶さんじゃないですか、どうもごぶさたしています』と挨拶をしに行ったりと、最初からやりたい放題!。一方の鶴瓶さんは、今朝空港で勝村さんに会ったら、いきなり喉を突かれたと、文句タラタラ・・・。なにやら、今日も楽しい二人旅になりそうです(笑)。

鶴瓶さんと勝村さんが公園のベンチに座って話をしていると、子供を連れたお母さんと、彼女のご主人の妹さんが目に留まり、呼びかけます。話を聞くと、彼女たちの母親から、『鶴瓶たちが来た!』と連絡が来て、ロケを見物しに来たそうです。そこで、”鶴瓶”と呼び捨てする母親に会いに行こうと、二人は彼女らの実家を訪ねることに。ご家族にいろいろ話を聞きながら、ご主人にフルーツを作っている農家のことを尋ねると、船引地区には、パパイヤや日向夏(ヒュウガナツ)を生産している農家が多いそうです。

そこで二人はさっそく、その船引地区に向かい、船引神社の前に立っていた絵画教室の看板や、飲酒運転撲滅運動のための大きな獅子のモニュメント像を見学していると、一台の車が通りかかります。鶴瓶さんが、フルーツを作っている農家のことを尋ねると、この方もハウスみかんの生産者でしたが、既にみかんの収穫時期は終わり、今はズッキーニを直売所に納品してきたところだそうです。二人は、彼のご自宅に伺わせてもらい、ご家族の暮らしぶりなどの話を聞きながら、冷蔵庫に保管してあった”せとか”を頂きました。『まるでジュースみたい』と勝村さん、収穫してから既に2か月は経っているハウスみかんですが、未だにジューシーでとても美味しいそうです。

ここでスタジオから、宮崎市の魅力をビデオ紹介。宮崎観光親善レディのお二人が、食べ物の好き嫌いが激しい勝村さんのために、宮崎の美味しい食べ物を紹介してくれました。

まず最初は、「コールラビ」。宮崎で8年前から栽培が始まった、不思議な形をした野菜ですが、コール=キャベツ、ラビ=カブを意味しています。サラダやマリネ、味噌汁に入れても美味しいそうです。
次は、”てっげうめえ”宮崎グルメの王様、「宮崎牛」。5年に1度開催される和牛日本一を決める品評会で、史上初の2連覇を達成しました。
最後は、最近最も注目されている宮崎の高級食材、”黒いダイヤモンド”の異名をとる「宮崎キャビア」。チョウザメの養殖から約30年かけて商品化に漕ぎつけた、フランスの一流シェフも認める宮崎キャビアは、国産として初めて海外にも輸出され、人気上昇中です。

ここで勝村さんと別れることにした鶴瓶さん。『やっと別れられるわ~。二度とオレを探すな!』と言い残して、去って行ってしまいました(笑)。そんな鶴瓶さんに負けたくないと、急に降りだした土砂降りの雨の中を、勝村さんがパパイヤを求めて歩き出すと、さっそく「宮崎長友農園」の看板を発見!。建物の中を覗いてみると、従業員らしき女性達が、お昼のお弁当を食べているようです。話を聞くと、年配の奥様方はカイワレの加工を担当しているそうですが、恥ずかしがって、あっちにジャムを作っている若い子たちが居るからと、追いやられてしまいました(笑)。そこに、経営者の長友さんご夫婦が、何事かと様子を見に来てくれました。長友農園では、カイワレやアルファルファ(ムラサキウマゴヤシ)など工場で作るスプラウト野菜の生産と、ジャムなどの加工食品を生産しているそうです。工場内を見学してから、ジャムを試食させてもらいましたが、農園には生憎この時期、何にも果実が成っていないと(汗)。すると、ご主人は何故か時計をチラリ。実はこの後、”反省会”という名の従業員による飲み会の予定が・・・。小野アナウンサーの情報によると、この日の女子会の話題は、勝村さんが『イイ男だった~』『イケメンだった~』という話でもちきりだったとか(笑)。

一方の鶴瓶さんは、若者に会いたいと、宮崎大学のある学園木花台地区を訪れました。すると、道の向こうから、鶴瓶さんに手を振る女性を発見。話を聞くと、妹と二人”美人姉妹”で、近くでお弁当屋をしているそうです。鶴瓶さんは、彼女の「LaLa CHI-CHAN弁当」を訪ねると、店の名物は、宮崎なのに何故か奄美名物「鶏飯」なんだとか?。二人で鹿児島へ旅行した際に食べた鶏飯の味が忘れられず、何回も通って食べるうちに、自分でも宮崎で鶏飯を作って売りたいと、弁当屋を開いたそうです(汗)。鶴瓶さんは、その”鶏飯弁当”を注文!。スープがご飯とは別のパックに入っていて、それをかけて頂くスタイルで、鶴瓶さんいわく、とても美味しいとのこと。

挑むの書すると店の表には、鶴瓶さんを見つけた宮崎大学生が、写真や握手を求めて、次から次へとやってきます。そのうちの一人に、農学部の3年生という可愛らしい女子大生が!。実は彼女、店の裏にあるアパートに住んでいて、ベランダから鶴瓶さんを見かけて降りてきたそうです。アパートとは言いますが、7階建てのオートロックが付いた立派なマンションで、鶴瓶さんが根ほり葉ほり聞き出すと、なんと13畳もあって、家賃は4万5~6千円(やす!)。そこで彼女がひとり暮らしと聞いた鶴瓶さん、『女子大生の部屋になんか入ったことないし、テレビでもないと入れないやんか』と、彼女の部屋に入らせてもらうことに。スタジオの勝村さん、『警察に捕まりますよ!』(笑)。『ワクワクするわ~』と、女子大生の部屋に侵入した鶴瓶さん、テーブルに座って彼女に学生生活や自炊生活のことなど話を聞きながら、部屋の中をキョロキョロ。すると、小さい頃から書道をやっていたという彼女、壁に貼ってあった「挑」の書をみて、『”もも”って何なの?』と・・・(汗)。『”いどむ”でしょ』と、またスタジオの勝村さんにコケ下ろされてしまう鶴瓶さんでした(笑)。

勝村さんは、長友農園の奥さんに、近所のパパイアのハウス農家を紹介してもらうことに。案内してもらったのは、長友さんの親戚の「田代農園」さん。縁側には、収穫したばかりのパイナップルもあり、奥さんから、ハウスを見学した後にパイナップルを切ってご馳走してくれると聞いた勝村さん、嬉しくなって奥さんに抱きつきますが、そこにご主人が登場(汗)。なんとこのご主人、船引神社の宮司もしているそうです!(驚)。

パパイアのハウス栽培勝村さんがパパイアのハウスの中を見させてもらうと、何とビックリ!。太い幹が地面を這って、まるで巨大な蛇がとぐろを巻いている様です。20度に温められたハウス内の空間を有効利用するために、パパイアの木を倒して植えて、地面に這わせて育てているそうで、30年もの試行錯誤を重ね、ようやく10年程前にこうした生産技術を確立したそうです。

次に、マンゴーのハウスを見学させてもらうと、これまたビックリ!。一枝に沢山なった実を、たった一つだけ残して全て摘果し、その実が一つ一つネットで吊り下げられています。完熟したマンゴーは、枝から自然にポロっと落ちてネットに収まる仕組みで、それを朝昼晩と順番に収穫していくんだそうです。そうしないと、「宮崎完熟マンゴー」として出荷できなんだとか。私も農家ですが、この努力には脱帽・・・。

勝村さんは、田代さんのご自宅に戻ると、切ってたっぷりとお皿に盛られた、マンゴー、パパイア、パイナップルを、次々に頬張り、『鶴瓶、ざまぁみろっていう感じですよ』と言いながら、大満足!。宮崎に来て本当によかったと、お礼を伝えました(笑)。

鶴瓶さんは、女子大生の部屋を後にしアパートの1階に降りてくると、宮崎大学の4年生、ただし3回目という明るい女子大生にハグを求められ、相撲の立ち合いの如くきつーくハグをしてあげました(笑)。そこで、先に宮崎大生から教えてもらった行きつけの定食屋さん、「ていしょく うえだ」まで、彼女に案内してもらうことに。店の前で、ちょうど店を閉めて帰ろうとしていたご夫婦と出会うことができ、店に戻って話を聞かせてもらいました。”学食”が競争相手ですからと、550円~700円と安いながらボリュームたっぷりの”まごころ定食”は、ご飯は自分でついで食べ放題なんだそうです!。容姿はプロレスラーの武藤敬司にソックリなのに、『若い子はいっぱい食べたいでしょ』と、とても優しいご主人でした。

ここでちょっと一息、スタジオから、「家族に一杯」の時間です。
 訪ねたのは、一軒の大家族の農家のお宅。この家で頂く”これぞ宮崎”という本日の一杯は、ご飯に「冷汁」。暑い夏にはピッタリです。冷汁は、たっぷりのゴマを擂って味噌を混ぜると、そのまま擂鉢を逆さにしてガスコンロの上へ。直接火で炙って香ばしさを出してから、出汁、キュウリ、手で揉み潰した豆腐などを加えます。それをご飯の上からかけて、刻んだミョウガなどを添えると、暑い夏でもご飯が何杯でも行けてしまいます!。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、「Slow Motion feat.」(土岐麻子)でした。

雲竜巻柱勝村さんは、農家の田代さんに案内されて、宮司をしている「船引神社」へ。すると、向拝に立てられた対の柱には、彫物の竜が巻きついています。「雲竜巻柱」というそうで、竜も柱も、そのまま一本の木から彫り出したものだそうです。川崎伝蔵さんという大工さんによる1853年の作で、宮崎市の有形文化財にも指定されているとのこと。

鶴瓶さんは、女子大生と二人、あてもなく山裾にある熊野地区の住宅街を歩いていると、「川添道場」と書かれた看板を見つけ、訪ねてみることに。道場主のご主人に道場を開けてもらい、床に座って話を聞くと、学生時代はサーフィンをしていたそうですが、縁があって空手を始めたそうです。後日、スタッフが撮影に伺い、3人の娘も一緒に空手の練習に励んでいる様子がスタジオで放映されました。

船引神社で田代さんご夫婦と分かれた勝村さんは、絵心が無いのでせっかくだからと、船引神社の向かいにあった「絵画教室 アトリエ和公和公」を訪ねてみることに。すると、絵画教室を開いている画家の徳丸晃さんが出迎えてくれました。教室内では、何人もの生徒さんが、絵を制作中。勝村さんも徳丸さんに勧められ、絵を描いてみることに。『絵は、テクニックじゃなくて、思いを込めて書くだけと』と教えられ、さっそくキャンバスに向かった勝村さん。さっきハウス内で撮ったマンゴーの写真を、片手に持ったスマホで見ながらデッサンし、先生に教えてもらって色を塗っていきます。様子を見に集まってきた生徒さんたちは、後ろから勝村さんの描いているマンゴーの絵を見て、『フフッ』と。しばらくすると、それが『ハハハ』に変わり、さすがに勝村さんも後ろを振り返り睨みつけます(笑)。でも、完成すると、生徒さん達から拍手が起こりました。
勝村さんの絵スタジオで、勝村さんが描いた絵が紹介されると、素人が初めて描いたにしてはまずまずの出来です。その絵を見た鶴瓶さんは、『ほぉ~、スゴイよね。これ、シイタケ?』と(笑)。徳丸先生によると、勝村さんは、『とても思い切りがよくて、タッチも素晴らしい』とお褒めの言葉!。実は、この徳丸先生は凄い方で、日展には7回入選、銀座や京橋でも個展を開いているそうです。最後に、その徳丸画伯から勝村さんにと、勝村さんの肖像画がプレゼントされました。それを見た鶴瓶さん、『徳丸せんせー、オレも描いてよ~』と、大そう羨ましがりました(笑)。

再放送は、7月7日(金)午前0時10分からと思ったら、今週はウィンブルドンテニスの中継があるため未定だそうです・・・(汗)。

 


番組内で紹介された 宮崎市の名物など

 

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