令和5年度の芥川龍之介賞において、候補作として選考にノミネートされた全小説の一覧です。
※ 2023年度の直木三十五賞の候補作・受賞作は、【直木賞2023】のページへ!
第170回(2023年下半期)芥川賞にノミネートされたのは、5作品。5名の作者うち、川野芽生(32)氏は初の候補入り。他の4氏、安堂ホセ(29)氏、九段理江(33)氏、小砂川チト(33)氏、三木三奈(32)氏は2度目のノミネートです。
そして芥川賞に選ばれたのは、九段理江(くだん りえ)さん(33)の『東京都同情塔』(新潮12月号)。九段さんは、埼玉県出身の33歳。2021年に『悪い音楽』で文芸誌の新人賞を受賞しデビューし、一昨年に『Schoolgirl』で芥川賞に初ノミネート、2回目の候補での受賞となりました。受賞作は、犯罪者が快適に暮らすための収容施設となる高層タワーが新宿の公園に建てられるという未来の日本が舞台。タワーをデザインした女性建築家が、過度に寛容を求める社会や生成AIが浸透した社会の言葉のあり方に違和感を覚え、悩みながらも力強く生きていく姿が描かれています。
「迷彩色の男」(文藝 秋季号) 安堂ホセ |
「Blue」(すぱる 8月号) 川野芽生 |
芥川賞 受賞 「東京都同情塔」(新潮 12月号) 九段理江 |
「猿の戴冠式」(群像 12月号) 小砂川チト |
「アイスネルワイゼン」(文學界 10月号) 三木三奈 |
著者:安堂 ホセ
ブラックボックス化した小さな事件がトリガーとなり、混沌を増す日常、醸成される屈折した怒り。快楽、恐怖、差別、暴力。折り重なる感情と衝動が色鮮やかに疾走する圧巻のクライム・スリラー。
文藝賞受賞第一作。(河出書房新社)
著者:川野 芽生
「ほんものの人間と見なされなくても、神様に認められなくても、人魚姫はやっぱり海の上を目指しただろうか」
高校の演劇部で『人魚姫』を翻案したオリジナル脚本『姫と人魚姫』を上演することになり、人魚姫役の真砂(まさご)は、個性豊かなメンバーと議論を交わし劇をつくりあげていく。数年後、大学生になった当時の部員たちに再演の話が舞い込むが、「女の子として生きようとすることをやめてしまった」真砂は、もう、人魚姫にはなれなくて――。
自分で選んだはずの生き方、しかし選択肢なんてなかった生き方。 社会的規範によって揺さぶられる若きたましいを痛切に映しだす、いま最も読みたいトランスジェンダーの物語。(集英社)
著者:九段 理江
ザハの国立競技場が完成し、寛容論が浸透したもう一つの日本で、新しい刑務所「シンパシータワートーキョー」が建てられることに。犯罪者に寛容になれない建築家・牧名は、仕事と信条の乖離に苦悩しながら、パワフルに未来を追求する。ゆるふわな言葉と実のない正義の関係を豊かなフロウで暴く、生成AI時代の預言の書。(新潮社)
著者:小砂川 チト
いい子のかんむりは/ヒトにもらうものでなく/自分で/自分に/さずけるもの。
ある事件以降、引きこもっていたしふみはテレビ画面のなかに「おねえちゃん」を見つけ動植物園へ行くことになる。言葉を機械学習させられた過去のある類人猿ボノボ”シネノ”と邂逅し、魂をシンクロさせ交歓していく。
――”わたしたちには、わたしたちだけに通じる最強のおまじないがある”。(講談社)
著者:三木 三奈
子供がうつらうつらしはじめたところで、琴音は足を組み直した。太ももに手をのせ、ピアノの屋根の上、四つの写真立てを眺める。端から順に、子供の写真、家族の写真、子供の写真、子供の写真。メトロノームは隣の食器棚の中、ワイングラスの横に並んでいる。琴音は腕時計を見おろすとため息をつき、子供の横顔を見つめた。頭がゆらゆらと前に傾いて楽譜にあたりそうになると、子供はびくついて目を開いた。(文藝春秋)
第169回(2023年上半期)芥川賞にノミネートされたのは、5作品。5名の作者うち、市川沙央さん、ハロー!プロジェクト(ハロプロ)など数々の楽曲を手掛ける作詞家でもある児玉雨子さんが初の候補入り、石田夏穂さんは2度目、哲学者の千葉雅也さんは3度目、乗代雄介さんは4度目の候補入りとなりました。
そして芥川賞に選ばれたのは、市川沙央さん(43)の『ハンチバック』。市川沙央(いちかわ さおう)さんは、1979年神奈川県生まれ。これまでライトノベルの作品を20年以上創作してきましたが、初めて挑んだ純文学の本作で文學界新人賞を受賞してデビュー、そして初めての芥川賞候補入りで受賞に至りました。
市川さんは、10歳のころに難病の筋疾患である先天性ミオパチーと診断され、今は移動には電動車いすを使用していますが常に人工呼吸器が必要で、執筆にはタブレット端末を使っているそうです。この物語の主人公は、市川さんと同じ重い障害がある女性。右の肺を押しつぶす形で背骨が曲がり、人工呼吸器やたんの吸引器など医療機器に頼らざるを得ない生活を克明につづる一方、健常者の暮らしに向けられる辛辣な皮肉などをユーモラスに表現した作品です。受賞記者会見に望んだ市川さんは、重度障害者が作家として活躍できる道を拓きたかったこと、そして書籍の電子化など読書バリアフリーへの取り組みを進めて欲しい事などを訴えました。
「我が手の太陽」(群像 5月号) 石田夏穂 |
芥川賞 受賞 「ハンチバック」(文學界 5月号) 市川沙央 |
「##NAME##(ネーム)」(文藝 夏季号) 児玉雨子 |
「エレクトリック」(新潮 2月号) 千葉雅也 |
「それは誠」(文學界 6月号) 乗代雄介 |
著者:石田 夏穂
第59回文藝賞受賞。衝撃のデビュー作!
鉄鋼を溶かす、太陽と同レベルの高温の火を扱う溶接作業は、どの工事現場でも花形的存在。その中でも腕利きの伊東は自他ともに認める熟達したトップ溶接工だ。鉄鋼を溶かす間、伊東は滅多に瞬きしない。息も最小限に殺す。火が鉄板を貫通すると、その切り口が上下に破かれ初め、切断面から動脈血にも似た火花が、ただただ無尽蔵に散る。ーーそんな伊東が突然、スランプに陥った。
いま文学界が最も注目する才能が放つ前代未聞の職人小説。工事現場の花、腕利きの溶接工が陥った突然のスランプ。その峻烈なる生きざまを見よ!(講談社)
著者:市川 沙央
私の身体は、生き抜いた時間の証として破壊されていく、「本を読むたび背骨は曲がり肺を潰し喉に孔を穿ち歩いては頭をぶつけ、私の身体は生きるために壊れてきた。」
井沢釈華の背骨は、右肺を押し潰すかたちで極度に湾曲している。両親が遺したグループホームの十畳の自室から釈華は、あらゆる言葉を送りだす--。(文藝春秋)
著者:児玉 雨子
光に照らされ君といたあの時間を、ひとは”闇”と呼ぶ――。かつてジュニアアイドルの活動をしていた雪那。少年漫画の夢小説にハマり、名前を空欄のまま読んでいる。(河出書房新社)
著者:千葉 雅也
性のおののき、家族の軋み、世界との接続――。『現代思想入門』の哲学者が放つ、待望の最新小説!
1995年、雷都・宇都宮。高2の達也は東京に憧れ、広告業の父はアンプの製作に奮闘する。父の指示で黎明期のインターネットに初めて接続した達也は、ゲイのコミュニティを知り、おずおずと接触を試みる。轟く雷、アンプを流れる電流、身体から世界、宇宙へとつながってゆくエレクトリック。(新潮社)
著者:乗代 雄介
生の輝きを捉えた芥川賞候補作、いま最も期待を集める作家の最新中編小説。
修学旅行で東京を訪れた高校生たちが、コースを外れた小さな冒険を試みる。その一日の、なにげない会話や出来事から、生の輝きが浮かび上がり、えも言われぬ感動がこみ上げる名編。(文藝春秋)