NHK『鶴瓶の家族に乾杯』 放送内容とロケ場所の情報!(令和元年度 下期)

各回の放送内容(あらすじ)と、ロケ場所となったお店の名前や取り上げられた名物・特産品の情報を集めてみました。

※ これ以前の放送内容は、放送回毎の放送内容(個別ページ)をご覧ください。
※ 今後の放送予定や、収録地・出演者(ゲスト)、再放送の予定などは、「放送予定のロケ地とゲスト情報!」のページをご覧ください。

 令和2年1月1日(水)放送 ブラタモリ×鶴瓶の家族に乾杯 新春!沖縄スペシャル

年の初めは「ブラタモリ」と「鶴瓶の家族に乾杯」、2つの旅番組が夢のコラボ!。タモリさんと鶴瓶さん、NHKの看板番組を持つ2人が、「同じ日」「同じ時間」「同じ町」を旅する新春特別番組も、今年の正月で5回目!。タモリさんは「土地の歴史・地形」をテーマに、鶴瓶さんは「土地柄・人柄」をテーマに、同じ日、同じ場所で旅します。しかし、二人は犬猿のキャラクター(汗)。旅の様相が、全く異なる所が魅力です(笑)。

これまで放送された過去の番組内容は、こちらをご覧ください。

久高島の場所今回は沖縄を舞台に、”神の島”と呼ばれる「久高島」を目指して、タモリさんと鶴瓶さんがそれぞれの流儀で旅をします。二人は、浦添城跡(浦添グスク)で目撃されていますが、果たして、どう久高島へ繋がるんでしょうか?。

久高島(くだかじま)は、沖縄本島の東南端、那覇市から東へ20kmほどの場所にある知念岬の沖合 5kmほどの海に浮かぶ、小さな島です。島の外周は8km、最高地点の標高は17mと平坦で、人口は約180人。島民の結束により今まで観光開発が全くなされず、現代でも琉球王朝時代からの信仰と伝統が守られ続けていることから、”日本最後の聖域”とも言われています。手つかずの豊かな自然が残る島で、のんびりとしたシマ時間を過ごすのが、久高島観光の流儀。果たして、賑やかな二人は、どんなシマ時間を過ごしたのでしょう(笑)。


ロケが行われたのは、令和元年11月6日(水)。今年の二人の旅の舞台は、沖縄!。タモリさんと鶴瓶さんは、那覇空港から出発する「沖縄都市モノレール」(愛称:ゆいレール)の車内で待ち合わせ。案内してくれたのは、職員の前外間さんと安谷屋さん。先にタモリさんが乗り込んだ車両は、番組の貸し切りなので他に乗客はいません。運転席の真後ろの席が空いているので、そこに座りたいタモリさんですが、残念ながら視聴者に背を向けるわけにもいかず、案内された窓側の席に座ることに(笑)。まもなくして鶴瓶さんも登場。モノレールは、昨年(2019年)10月1日に延伸した終点の「てだこ浦西駅」に向けて出発します。そして、そのモノレール内から、早くもタモリさんと鶴瓶さんの爆笑トークが始まります(笑)。タモリさんは、途中の車両基地で見ることができた跨座式モノレールや、最大勾配60‰(パーミル)の急坂に興味津々ですが、鶴瓶さんにはチンプンカンプン(笑)。そして右手には、2019年10月31日未明に発生した火災で、悲惨な姿と化してしまった「首里城」を見ることができました。

終点の「てだこ浦西駅」のホームで二人を待っていたのは、林田理沙アナウンサー。そしてタモリさんの前に差し出された”タモテバコ”の中に入っていた今回の旅のお題(指令)は、「沖縄の神髄は“日の出”にあり!?」。ちなみに「てだこ」とは、浦添が琉球王国の首都であったときに浦添一帯を治めた英祖王の別名。彼の母親のお腹に太陽がドカンと入って身ごもったとされる伝承があり、沖縄の方言で太陽を意味する「てだ」の子「こ」と呼ばれました。ナレーションの草なぎ剛さんによると、てだこ浦西駅がある浦添市は、今回のテーマを解き明かすのにピッタリの場所なんだそうです!。

ここからブラタモリ一行+鶴瓶さんを案内してくれたのは、沖縄の歴史を自身で書いたイラストを使って分かりやすく伝えている研究者、上里隆史さん。上里さんがまず向かったのは、13世紀に英祖王が築いたといわれているお墓「浦添ようどれ」。お墓に通じる通路は、”暗い門”という意味の「暗しん御門(くらしんうじょう)」と呼ばれています。沖縄戦で崩れてしまったのですが、それ以前には塀の上に大きな岩盤が乗っていました。その暗い通路を抜け、石積みの中御門(なかうじょう)をくぐった先には、琉球石灰岩(沖縄に広く分布し石垣などに使用されるサンゴや貝殻が堆積してできた岩)を使った明るい色調の、英祖王の前庭(一番庭)があります。前庭から中御門を振り返ると、ちょうどそのアーチ門の真ん中に、冬至の日の太陽の日の出が見える位置に作られているそうです。冬至は一年で一番日が短かく、以降は日が延びていくことから、再生の象徴として設計されたものとされています。 沖縄の人々が考えた世界観 昔の沖縄の人々が考えた世界観は、この世界は平板で、東にある”てだが穴”から登った太陽は、西にある”てだばんた”(太陽の崖)に沈み、崖に開いた穴から地中の世界に入るというもの。浦添ようどれから、その”てだが穴”があるとされる東の方向に見えるのは、海の上に浮かぶ平たい島、「久高島」(くだかじま)です。当時、浦添に暮らした人々は、久高島こそが”てだが穴”だと考えたことから、今でも久高島は「神の島」とも呼ばれています。そして、神の島の東に広がるのが、東の彼方にあるとされる理想郷、「ニライカナイ」であると考えられていました。そろそろ歴史話に飽きてきた鶴瓶さん、上里さんに勧められ、ニライカナイのある東へと一人旅を始めることに!。ブラタモリ一行を残し、浦添ようどれを後にする鶴瓶さんは、『案外 はよう逃げられたなぁ』と、嬉しそう(笑)。

タモリさんは、引き続き上里さんに案内され、ありがたい場所を目指して東へと進むことに。次にやって来たのは、南城市にある「斎場御嶽」(せーふぁうたき)。沖縄の各地にある御嶽の中でも特に格式の高い、最高の聖地と崇められ、世界遺産にも指定されています。上里さんによると、御嶽の入り口に積まれていた石は香炉で、御嶽への立ち入りが禁じられていた男子は、この場所で祈りを捧げたそうです。沖縄では古来、女性に霊力が備わっているとされる信仰があり、女性が宗教行事を司っていました。もちろん今は、男性も中まで入ることができます。大庫理(うふぐーい)は、聞得大君(きこえおぎみ)とおいう琉球王国で最高の神職の女性が就任式を行った場所です。そこで待っていたのは、琉球大学で地球科学を研究している緒方隆幸さん、ブラタモリには3回目の登場です。緒方さんに案内され進んだ先にあったのは、祈りの場所のひとつ、寄満(ゆいんち)。そこにあったのは鍾乳石です。斎場御嶽は、もともとは地下の鍾乳洞でしたが、鍾乳洞の天井にあった山は風化と浸食により徐々に薄くなり、最後は崩れ落ちて今の様な神秘的な岩場の空間が生まれました。次に向かったのは、斎場御嶽のシンボルともなっている三角岩。この三角形の空間は、琉球石灰岩の下にあった泥岩層が地滑りを起こし、その上の琉球石灰岩の層が割れて横ずれしながら落ちたことで生まれたものです。しかしこの神秘的な空間を、昔の人は”てだが穴”に重ね合わせ、この先の空間を神聖な場所として崇めました。三角岩をくぐった先の拝場から東に見えたのは、神の島と呼ばれる久高島。その昔は岩に塞がれ久高島は見えなかったらしいのですが、東のニライカナイからやってくる霊力は、広場の後ろに聳える岩にぶつかり、この場所に聖なる力がストックされると考えられた様です。

今回は早々とブラタモリ一行と別れることができて、大喜びの鶴瓶さん(笑)。上里さんから『東へ向かわれたらいかがですか』と言われ、人に指示されるのが大っ嫌いな鶴瓶さんは、別のところに向かおうとしますが、気が付けば、着いた先は東にある安座真港。そこで待っていたのは、ブラタモリ一行が久高島へ向かうためにチャーターしていた船で、鶴瓶さんは先に勝手に乗り込み、久高島へ渡ることに。目指す久高島は、安座間港から船で20分ほど。鶴瓶さんは、ブラタモリ用にチャーターされた船を勝手に使った罰か、珍しく船酔いしてしまいます(笑)。久高島に上陸すると、鶴瓶さんがまず出会ったのは、”鶴瓶の家族に乾杯”では名物の様に登場する、歯が無い糸数さん(笑)。続いて、「久高島船待合所」に居た女の子から声を掛けられた鶴瓶さん、何とさっき乗せてもらった海上タクシー船の船長、内間さんの娘さんだそうです。そこで鶴瓶さんは、チケット売り場で働いていた平木場さんや、島に観光に来ていたフェドッジさん、待合所の売店で働いていた外間さんらに話を聞きました。鶴瓶さんは、久高島の豆や塩、沖縄黒糖などで作られた名物の「氷ぜんざい」(570円)を頂きながら、海ぶどうを養殖している内間さん夫婦や、「ふがにまぁす」という塩(マース)を作っている西銘さんのことを知ることができました。

ここでスタジオの小野アナウンサーが、久高島を紹介。神の島として、昔から様々な祭事が行われてきた島なので、訪れた人々には「久高島で守ってほしいこと 7か条」があるそうです。

  1. まずは、「あいさつ」をしましょう
  2. 島におじゃまするという気持ちで、地域の決まりを理解しましょう
  3. 久高島には御嶽や拝所等、立ち入れない場所があります
  4. 久高島の自然物(石や砂、樹木等)の持ち出しはご遠慮ください
  5. 島は生活の場です。当たり前のマナーを守り、島の暮らしを感じてください
  6. 久高島のヤシガニを獲らないでください
  7. 来島者のみなさんもぜひ一緒に心地よい久高島づくりにご協力ください

鶴瓶さんが次に向かったのは、外間さんから教えてもらった、内間さんの海ぶどうの養殖場。しかし訪ねあてた先は、福治さんが経営している海ぶどうの養殖場「福YOU」でした(汗)。収穫作業をしていた奥さんの隣に座りこんだ鶴瓶さん、手のひらを出すと奥さんが次から次へと海ぶどうを取って乗せてくれるのをいいことに、『美味しい』とパクパク食べてしまう鶴瓶さんでした(笑)。新鮮な海ぶどうは、酢などを付けずにそのままで頂くか、海ぶどう丼にして食べるのがおすすめだそうです。

一方、タモリさんが次に訪れたのは、斎場御嶽から南へ車で15分ほど、東の海が望める「百名ビーチ」。ビーチでの移動手段は、なんと「与那国馬」(笑)。馬に跨り少し進んだ先には、海の中に「ヤハラヅカサ」と記された石碑が建てられていました。満潮時には水没しますが、干潮時には石碑全体が海面上に現れます。ここは、沖縄を作ったとされる女神の”アマミキヨ”が、沖縄本島で最初に上陸した地点とされている場所です。アマミキヨは、あらゆる恵みを沖縄にもたらしたとされますが、その一つが稲作で、稲作発祥の地がこの場所であったとか。タモリさんが振り返ると、そこには小さな川が流れており、その水源を辿ると、その水は琉球石灰岩と泥岩の地層の境目から湧き出していました。崖の下からはあちらこちらで水が湧き出しており、そうした自然環境もあって、この地で稲作が可能になったようです。

鶴瓶さんは福治さんから、フィリピン人のお嫁さんの舅さんがやっている島内に一軒しかない「内間商店」に、先日「カジマヤー(風車祭)」という97歳の長寿のお祝いをしたお婆ちゃんがいると教えられ、訪ねることに。店に出てきてくれたお婆ちゃんは、耳は遠くなりましたがお元気で、電卓をたたいて計算もしているそうです。そこに買い物に来たのは、那覇から来たという観光客の女性。160円の”さんぴん茶”を4本買うと料金は640円で、1千円のおつりは360円と、このくらいの計算は電卓を使わずとも暗算で済ますお婆ちゃんでした(驚)。小野アナウンサーによると、沖縄では数え年で97歳になると人間は子供にかえるとされ、子供が喜ぶ風車(カジマヤー)を持ってお祝いするんだそうです。

店を出た鶴瓶さんが道で出会ったのは、若い男性が運転する車。助手席で赤ちゃんを抱いていた奥さんから、島で最年少の子と知らされ、今しがた島で最年長のお婆ちゃんに会ってきた鶴瓶さんはビックリしますが、さらに驚いたことに、その赤ちゃんがカジマヤーのお婆ちゃんのひ孫なんだそうです!。鶴瓶さんは、島の最年少の赤ちゃんを抱きながら、内間さんご夫婦に、島での暮らしぶりなどについて話を聞きました。最後に鶴瓶さん、「ふがにまぁす」という塩を作っている場所を内間さんに訊ねると、なんとさっき内間商店にいた伯父さんが作っているんだそうです(汗)。『えぇぇ!?』と驚いた鶴瓶さん、再び商店に戻り内間さんに訊ねると、内間さんが作っている塩は、「太陽(ティダ)ぬ真塩」と「月(ティキ)ぬ真塩」というんだそうです(笑)。内間さんからタダで塩を貰いお土産もゲットできた鶴瓶さん、『よし これで終わりや、帰りま~す』と帰路に就きました(笑)。

一方のタモリさんは、ちょうどその頃、ようやく久高島に上陸。先に鶴瓶さんが歩き回った島ですが、再びブラタモリ風に歩いてみると、平らな島とはいえ港から離れると徐々に起伏があり、琉球石灰岩の昔ながらの石積みが続いていることに気が付かされます(笑)。タモリさんが久高島で最初に訪れたのは、実は鶴瓶さんも偶然先に参拝していた、「久高殿(御殿庭・ウドゥンミャー)」。久高殿は、前後が吹き抜けになっている門の様な造りで、後ろに広がる森は神様が住む世界、こちら側は我々が住む現世で、神殿はその2つの世界を繋ぐトンネルの様な役割と考えられていた様です。この神殿では、12年に1度催される「イザイホー」という神事に使われていました。イザイホーとは、久高島の女性が神職者になるための神事で、後継者不足により1978年を最後に行われていませんが、昔は久高島の女性は全員が神に仕えて神職になるのが、島の習わしだったそうです。神殿の左側の建物は、イラブー(ウミヘビ)の燻製を作る場所だそうです。イラブーは、昔はニライカナイの神様からの贈り物と考えられていて、神職に関わる人しか獲ってはいけなかったとか。その神様からの有り難い贈り物を、神殿の隣で燻製にしたんですね。今でも沖縄では、昔と変わらない方法で、イラブーの燻製が作られています。見た目はともかく、味はカツオに似ていて美味しいそうで、久高島の最年長の内間さんの長寿の秘訣も、実はイラブーにあるらしいです!?。

イラブーの燻製タモリさんは、ありがたい東を目指して、ついに久米島でも最も東に位置する「カベール岬」にやってきました。久高島でも、一番ニライカナイに近い場所ですね。周りの海を見渡すと、白波が立っています。つまり久高島の周囲は、サンゴ礁の浅瀬が広がる場所。その昔、海面が低かった時代には、沖縄本島に繋がっていたとか。今では、標高17.5mの久高島が、ギリギリ海の上に残っている状態だそうです(汗)。

再放送は、1月4日(土)午後4時30分~午後5時58分に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 沖縄の名物など

 令和元年12月16日(月)放送 祝!結婚 壇蜜と秋田県秋田市ぶっつけ本番旅!

旅のゲストは、女優でタレントの壇蜜(だん みつ)さん。秋田県横手市生まれで東京都出身の39歳。先日、11月22日(いい夫婦の日)に漫画家の清野とおる氏(39)と入籍したと、結婚発表があったばかり。芸能界では男性を魅了するグラビアアイドルとして人気を博しましたが、小学校から大学まで昭和女子に通った才女。英語科の教員免許を持ち、日本舞踊坂東流の師範であるほか、和菓子店や銀座のクラブホステス、葬儀場など、多彩な職歴の持ち主です。2013年公開の映画『甘い鞭』で、日本アカデミー賞 新人俳優賞を受賞。NHK連続テレビ小説『花子とアン』や『まんぷく』をはじめ、NHKのドラマや教育番組、ラジオ等にも数多く出演しています。2年ほど前に、鶴瓶さんがMCをする『チマタの噺』に壇蜜さんがゲスト出演した際には、みごと手玉に取られノックアウトされた、下ネタが大好きな鶴瓶さん。果たして今回は、壇蜜さんと対等に渡り歩くことが出来たのでしょうか?楽しみです(笑)。

旅の舞台は、秋田県の県庁所在地である 秋田市(あきたし)。秋田県の南北のほぼ中央に位置し、日本海に面しています。壇蜜さんの出生地である横手市とは、市の中心部まで70kmほどの距離です。幼少の頃に東京へ移住した壇蜜さんですが、両親が共働きだったため横手市の祖母のもとに預けられることが多く、子供の頃は東京と秋田を往復する日々が続いたそうです。そんな壇蜜さんが、秋田で一番お気に入りの場所が、秋田市にある千秋公園。秋田藩を治めた佐竹氏の居城・久保田城の跡地に整備された公園で、秋田市内を一望でき、見晴らしが最高。さらに公園内にある人気スポット「秋田犬ふれあい処」では、秋田犬と無料で触れ合うことができ、壇蜜さんのとっておきの場所だそうです(笑)。ロシアのフィギュアスケート選手、アリーナ・ザキトワ選手に贈られた秋田犬の子犬・マサルも、とっても可愛かったですよね~。鶴瓶さんと壇蜜さんは、秋田市新屋ガラス工房などを訪れた様ですよ(笑)。


ロケが行われたのは、令和元年10月21日(月)。「新屋幼稚園・あらや保育園」の向かいの「大川端帯状近隣公園」で待ち合わせた、鶴瓶さんと壇蜜さん。それぞれに、公園に遊びに来ていた園児たちと触れ合います。虫が嫌いと駄々をこねる園児に、壇蜜さんが『抱っこする?』と訊ねますが、首を振られてしまいました。そんな子供に向かって鶴瓶さんは、『みんな 抱っこしてほしいねんでぇ、この人に』と、大そう羨ましがります(笑)。その後、二人は公園のベンチに座って談笑します。秋田生まれで東京育ちの壇蜜さん、”エセ秋田人”である自分のことを秋田の人たちがどう思っているのか知りたいと、ふる里の秋田を旅することにしたそうです。

秋田市新屋地区を歩き出した二人は、道端に柿が沢山実っている大きな柿の木を見つけ、そのお宅を訪ねることに。しかしそこは、柿の木のお宅の隣にあった、「東邦産業株式会社」の事務所の裏口でした。応対してくれたのは、可愛らしい女性でしたが、なんと社長さんだと知った鶴瓶さん、詳しく話を聞くことに。浅野さんは、14年前にこの会社を立ち上げたご主人が若くして亡くなり、後を引き継いで社長になったそうです。隣にあった、実を付けたまま放ってある柿の木について尋ねると、『柿漬けに使うのかも』と教えてくれました。壇蜜さんによると、秋田は”漬物天国”なんだそうです(笑)。壇蜜さんが横手の生まれであることを知っていた浅野さんに、鶴瓶さんが『なんで知ってるの?』と訊ねると、『壇蜜さんは秋田が生んだスターですもの』と浅野さん。それを聞いて、大そう喜ぶ壇蜜さんでした(笑)。

ここでスタジオから、秋田市の魅力をビデオ紹介。紹介してくれたのは、「あきた舞子」の、緒叶羽(おとは)さんと佳乃藤(かなふじ)さんです。かつて秋田市の繁華街には、お座敷を賑わせた川反芸者が沢山いて、戦前には200人もの舞子さんが夜の街を彩ったそうです。そこで5年程前に、途絶えてしまったこの文化を復活させ、かつての賑わいを取り戻すために、秋田の新しい観光資源「会える秋田美人」として、あきた舞妓が復活しました。舞子さんと一緒に歩きながら、秋田の魅力を発見しに出かけましょう!(笑)。
 舞子さんがまず案内してくれたのは、秋田市民のオアシスでもある「千秋公園」。ザキトワ選手やプーチン大統領、アラン・ドロンも大ファンという、今や世界的人気の「秋田犬」(あきたいぬ)と触れ合うことができる、「秋田犬ふれあい処」が人気です。
 さらに、秋田で見て欲しいものと言えば、「秋田竿灯まつり」。毎年8月3日~6日に開催される竿灯まつりには、130万人以上もの観光客が訪れます。名人たちが、手のひら、額、腰などを使い竿灯を操り、技を競い合います。今は季節外れですが、ガッカリすることはありません!。「秋田市民俗芸能伝承館」では、祭りで使用する竿灯の展示や実演を観るだけでなく、実際に竿灯を担ぐ体験もできるそうです。

明日人間ドックに入るため、今日は”稲庭うどん”、それも具無しのうどんしか食べられないという鶴瓶さん。柿は諦めて、看板を見て気になった、「秋田市新屋ガラス工房」を訪ねてみることに。すると途中、偶然にも”新屋うどん”と書かれた幟旗を見つけ、大喜びで立ち寄ることにします(笑)。しかし、「町家カフェわわわ」(machiya cafe WAWAWA)の広い店内には誰もおらず、声を掛けても誰も出てきません。店の奥へと進むと、ようやく店主の芳賀さんが見つかり、スタッフの分も含めてうどんを注文しますが、一人で作っているので無理と断られてしまいました(汗)。カレーなら大丈夫かと相談しますが、お客さんが来ないのでカレーもそんなにストックが無いそうです・・・。そこで鶴瓶さん、まずは席に座って、ご主人に詳しく話を聞くことに。以前は、ガラス工房に併設されていた「喫茶わわわ」ですが、今年の3月に隣接する古民家の渡邉幸四郎邸に移転することとし、半年かけて自身でリフォーム、8月31日にオープンに漕ぎ着けたそうです。町家カフェわわわでは、大きなスピーカーでジャズなどを聴きながらコーヒーを味わえるほか、ランチメニューでは、かつて新屋地区で製造された味を再現した「新屋うどん」や、新屋うどんのスープをベースに使った自家製の「アラヤンカレー」などが人気だとか。そこで、調理師免許を持っている壇蜜さんも厨房に入り、手伝ってかけうどんとカレーを作ってくれることに。借りたエプロンを着ける壇蜜さんの背後に回り、肩ひもを結んであげる鶴瓶さん、スケベ丸出しに顔がニヤケます(笑)。出来た料理を頂きながら、再び芳賀さんに奥さんとの馴初め話を聞くと、バーテンをしていた時に友人がデートで連れてきた彼女が気に入り、譲ってもらったとか(汗)。『バーテンダー・バンドマン・美容師の”3B”はモテるからなぁ』と鶴瓶さん。しかし壇蜜さんは、『私は、”売れてない○○”が好きですねぇ』と。例えば、売れてない画家が結核で、『あなた死なないで』と上手に看取ってから次の人へ移るんだそうです(汗)。すると、『ぜひ将来は、一緒に店を手伝って欲しい』と芳賀さん、奥さんに失礼です!(笑)。

店の裏口を抜けると、そこが「秋田市新屋ガラス工房」でした。出迎えてくれた館長の大橋さんに話を聞くと、以前は新政酒造の工場だった跡地を秋田市が買い取り、ガラス工芸を身近に感じられる”ものづくり、ひとづくり、まちづくりの創造拠点”として、2年前にオープンしたそうです。ガラス工芸作品を展示するギャラリーや、制作の工程を見学できるガラススタジオ、さまざまな制作活動ができるレンタルスペースのアトリエ、作品の販売や休憩ができるショップ&カフェなど、ガラス作品を見て感じて体験ができる施設です。鶴瓶さんが施設内を見学して回っていると、一人の女性が声を掛けてきてくれました。1時まで工房を借りて作品作りに来ていた境田亜希さんですが、鶴瓶さんはちょっと彼女と立ち話しただけで、『かなりオモロイ女やで』と気が付き、一方の亜希さんは、以前から『何時か自分はこの番組に出るはず!』と思っていたそうで、鶴瓶さんを見つけた時には、『ようやく私の順番が来た!』と思い話し掛けたんだそうです(笑)。

富山ガラス工房
CHOCO(ちょこ)
熊谷峻「白金垂流彩」

ここで、壇蜜さんと別れることにした鶴瓶さん。亜紀さんから、ご主人の熊谷峻さんもガラス職人で、今は家で仕事をしている聞き、一緒に家まで付いて行くことに。境田亜希さんの作品は、上から光をあてた際にテーブルの上に花びらのような影が広がる”はなかげ”シリーズが特徴で、熊谷峻さんの作品は、石膏の型にガラスと一緒に土や金属などを溶かし込んで鋳造することで、透明なガラスに土や金属の濁りを重ね合わせたカオティックな美しさが魅力だそうです。ただし奥さん的には、もう見飽きた、もとい、見慣れてしまったとか(笑)。鶴瓶さんは工房の庭先に座り、お二人に、ガラス職人になった経緯や馴初め話などを聞きました。

一方、鶴瓶さんと別れた壇蜜さんは、ガラス工房近くの住宅街を歩いていると、小さなブティック「キャメル洋品店」を見つけ、訪ねてみることに。応対してくれたのは、店主の加藤さん。店を開けて既に40年になるそうですが、まったくそうは見えない美しい女性。壇蜜さんは加藤さんから、最近の流行りの服や、子育てしながら商売を続けてきたご苦労など、色んな話を聞くことができました。

ここでちょっと一息、秋田県秋田市の「家族に一杯」の時間です。
 今日訪ねたのは、米どころ秋田ならではの田園地帯にある集会場。今夜は近所の子供たちも大勢集まって、鍋パーティーを開くそうです!。お母さんたちが野菜を切って準備をしてくれますが、主役は何と言っても、『新米が出たときは、まんずうんめぇから、やっぱ食べますね』という「きりたんぽ」。一方、味の決め手は、鶏のモツとセリ。セリは、葉っぱだけでなく根っこも入れることで、味にコクが出て、葉と違う食感も『うめぇっす!』とお母さん。本日の一杯は、秋田県民を元気にしてくれる「きりたんぽ鍋」。子供たちは『美味しい』と大喜びし、お母さんも『野菜もたくさん取れるし主食のお米も食べられるし、一品で済んでしまう』と大助かり。食後には、みんなで秋田県を代表する民謡「ドンパン節」を大合唱(笑)。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、『どんぱん節』(monk beat)でした。

再び新屋の町を歩き出した壇蜜さん、今度は自宅の縁側で縫物をしていたお婆ちゃんを見つけ、声を掛けてみます。ほどいた着物の生地で手提げかばんを作っていたのは、一人住まいの森川さん。あちこちのお宅に干し柿が吊るしてあるのを見て食べたくなった壇蜜さんは、干し柿を作ってないかと訊ねると、まだ干し柿は出来ていないけど、さわした(渋抜きした)柿ならあるそうです。ついでに漬け物も食べたいと、壇蜜さんは台所に上がらせてもらうことに(汗)。気さくに家に招き入れてくれた森川さんに、漬け物を出していただき、柿の皮まで剥いてもらって、さらにお土産までねだる壇蜜さんですが、森川さんはニコニコしながら、喜んで突然の来客をもてなしてくれました。台所に飾ってあった、ご主人やお孫さんの写真を拝見しながら、昔の思い出話も沢山聞くことができた壇蜜さんでした(笑)。次に森川さんが出してくれたのは、もうすぐ学校が終わったら立ち寄るひ孫が大好きという、サツマイモの唐揚げ。2人のひ孫は、小学3年生と4年生で、かわいくて仕方ないそうですが、もうすぐ来るであろう反抗期にキレないか、とても心配と話す、ひい婆ちゃんでした(笑)。

鶴瓶さんは、亜紀さんに案内してもらい、実家の食器店「食器のさかいだ」を訪ねることに。店で出迎えてくれた亜紀さんのお母さんは、鶴瓶さんと同級生。ちょうど店先の貸しギャラリーのスペースで展示会を開いていた、大館市の創作陶器人形作家・佐藤純顧(あつこ)さんを紹介してくれました。作品は、若くして亡くなった父母を想い、昔の居間で寛ぐ家族の様子を描いた、温かみのある人形です。鶴瓶さんは、店の表に回り、ウィンドウ越しに飾られた人形を眺めながら、佐藤さんやお母さんから、暮らしぶりや家族のことについて、いろいろ話を聞きました。

この後、いよいよ壇蜜さんの”肉弾戦”が始まるそうです!。それを聞いて、『放送できるかな?』と、ほくそ笑む小野アナウンサー(笑)。壇蜜さんが、森川さんに貰った柿が沢山入った重そうな袋をぶら下げて、次に訪ねたのは、森川さんのひ孫が通っている「秋田市立日新小学校」。しかし玄関には、壇蜜さんの苦手な警備員さんが・・・(汗)。『でも、今日はちゃんと服を着ているから大丈夫よね』と、アポイントを相談する壇蜜さんでした(笑)。アポなしの急な壇蜜さんの訪問に戸惑う鈴木校長先生でしたが、校長室で森川さんのひ孫の翼くんに引き合わせてくれました。そこで壇蜜さん、『お婆ちゃんが反抗期が怖いって言っていたので、大事にしてあげてね』と翼くんにお願いしますが、翼くんはそんな心配は必要ない、純朴そうな少年でした(笑)。将来はお医者さんになりたいと話す翼くん、校長先生が『どんなお医者さん?、例えば骨折したりした時の?』と尋ねると、翼くんは『違います、私 失敗しないので!』と(笑)。壇蜜さんと握手を交わす翼くんを見て、大そう羨ましがる校長先生(笑)。そこで、相撲のぶつかり稽古を見せてくれることに。なんと翼くんは相撲部に入っていて、校長先生が相撲部の監督をしているそうです!。力強い翼くんのぶつかりを見て、壇蜜さんも受けてみたいと、胸を貸すことに。しかし、小学4年生の相撲部男子のぶつかる力は結構強く、華奢な壇蜜さんを押し倒さんばかり(汗)。すると壇蜜さん、『ビックリした!、変な汗出た。やだ、ドキドキしちゃった』と(笑)。

一方、鶴瓶さんは、新たな出会いを求めて車で移動していると、目に入ったのは、「牛島商店街」のアーケード看板。さっそく車を降りて商店街を歩いてみますが、商店街とは程遠く、開いている店は一軒も見当たりません(汗)。一軒のシャッターの閉まった店の前で、そのシャッターに貼られた張り紙を見つけた鶴瓶さん。そこには、『ここは昔、佐藤商店って店だったんだど。三代続いた八百屋で、一日にいくつもの学校や病院に配達し続けてきたんだそうな。遠くの学校からも配達をお願いされるほど、厚い信頼があったんだど。昔あったど、今ねえど。(平成二十年 閉店)』と書かれていました。隣の店のガラス窓にも、同じような秋田弁の文面が記されています!。ようやく、開いている1軒の商店を見つけた鶴瓶さん、その「魚のわたとら」(渡寅商店)を訪ねることに。向かいの家から出てきた女性に訊ねると、毎日だと商売にならないから、週に2日だけ店を開いているそうです。店で出迎えてくれたのは、年配の店主のご夫婦。鶴瓶さんはお二人から、店の成り立ちや馴初め話などを聞きました。

色んなペットを飼っている動物好きな壇蜜さん、珍しいペットを飼っているお宅を訪ねてみたいと、校長先生に相談します。すると安藤教頭先生が、大和くんの家では沢山の犬を飼いドックショーなどにも出ていると、教室にいる大和くんを呼んできてくれることに。校長室に来てくれた大和くんに、16匹も犬がいるという家に行きたいとお願いすると、お母さんに電話で聞いてみてくれることに。教頭先生が交渉してくれて、お母さんから承諾を貰うことは出来たのですが、電話を代わった大和くん、お母さんに『突然こういうことになって、ごめんね』と(笑)。

鶴瓶さんが次に訪ねたのは、牛島商店街で渡寅商店の他にもう一軒だけ店を続けているという、「岡部時計店(オカベ時計サービス)」。店で鶴瓶さんを歓待してくれたのは、店主の岡部さんご夫婦。ご主人に話を聞くと、この店は商店街にある時計店ではありますが、時計の販売より修理が専門なんだそうです。全国から送られてきていた修理依頼の品を見ると、ロレックスやオメガなど、高級な機械式腕時計ばかり。一番遠い所では、ロンドンからも修理の依頼がくるそうです(驚)。年配のご主人ですが、ネットを使いこなして、うまく商売に繋げているようです。商売を長年続けてこられた秘訣を訊ねると、昔は販売で儲かった時計店が、こぞって修理を辞めて貴金属や眼鏡などの販売に手を広げてしまったことで、販売が廃れても修理には戻れなくなってしまったけど、岡部さんは販売にも手を広げたものの修理だけは辞めなかったことが良かったと、苦労した昔を振り返ってくれました!。

ロングヘアー・ダックスフンド・ミニチュア大和くんに案内してもらい、「夏井まゆみブリーダー」さんのお宅を訪ねることができた壇蜜さん。16匹もの犬がいる部屋に入ると、突然見知らぬ壇蜜さんやテレビカメラが入ってきたことで、犬たちが一斉に吠え出し、うるさくて話もできないほど(汗)。でも、ドッグショーに出てチャンピオンにもなったダックスフントの姫子ちゃん(メス 4歳)は、壇蜜さんに抱かれても、さすがに落ち着いたもの!(笑)。壇蜜さんは、姫子ちゃんを抱きながら、夏井さん母息子から、犬と一緒の家族の暮らしぶりなどについて話を聞くことができました。

再放送は、12月20日(金)午前0時55分~午前2時07分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 秋田市の名物など

 令和元年12月9日(月)放送 移住先探し!?大島優子と鹿児島県阿久根市ぶっつけ本番旅!

旅のゲストは、元AKB48のメンバーで女優の大島優子(おおしま ゆうこ)さん。栃木県出身の31歳。お母さんに薦められて7歳の頃から子役として芸能活動を始め、その後はジュニアアイドルとして音楽の方面にも活躍の場を広げます。2006年の第二期AKB48追加メンバーオーディションに合格して、すぐにAKBに参加。2010年の第2回AKB48選抜総選挙では、第1回の覇者・前田敦子さんを抑えて1位に選ばれます。第3回はあっちゃんが1位に返り咲きますが、第4回で再び大島さんが1位となり、当時のAKB48の人気をあっちゃんと二分していました。しかし、2013年末のNHK紅白歌合戦で、大島さんはAKB48を卒業することを発表します。AKB48メンバー当時も、女優としての仕事も行っていましたが、卒業後はドラマや映画だけでなく、舞台などにも出演。9月からスタートしたNHK朝の連続テレビ小説『スカーレット』では、信楽に転校してきた主人公・川原喜美子(戸田恵梨香さん)の同級生で、信楽で一番大きな窯元のお嬢様の”熊谷照子”役を演じています。第2週目の最後に初登場した大島さん演じる照子は、なんと15歳!。しかし、セーラー服姿も全く違和感がないと、ネットで話題になりました(笑)。

旅の舞台は、鹿児島県の北西部に位置し、東シナ海(天草灘)に面した 阿久根市(あくねし)。「アク」は魚、「ネ」は岩礁を意味し、その名前の由来どおり、古くから漁港として栄えてきた土地柄です。特にアジ漁が盛んで、阿久根市のブランドアジの「華アジ」は、関アジ・岬アジにも劣らないとか。他に、ぼんたんなどの果物生産や、精肉加工が盛んで、鶴翔高校 食品技術科の生徒が授業の一環で製造している豚味噌「3年A組シリーズ」が特に人気の商品だそうです(笑)。鶴瓶さんと大島さんは、とんかつの美味しい「かつ膳」を訪れた様ですが、豚肉が何か旅のテーマと関係があるのでしょうか?。大島さんの好物は、豚ではなく鳥のから揚げなんだそうですけど・・・(汗)。


ロケが行われたのは、令和元年10月7日(月)。ウミガメが産卵に来るという西目地区の海岸で待ち合わせた、鶴瓶さんと大島さん。大島さんが米国オレゴン州ポートランドに語学留学をしていた際に出会った、ホストファミリー宅にいた思春期真っ盛りの男の子の話で盛り上がります(笑)。将来は海も山もある長閑な場所で家庭菜園をしながら暮らしたいという大島さん、今回はその下見も兼ねて、行ったことがない鹿児島県を訪れることにしたそうです。

二人が連れ立って住宅街を歩き始めると、さっそく一人の女性と出会います。朝の漁港での魚の選別の仕事から帰ってきた岩崎さん、貰ったサバを実家の父親に届けようと、車で出掛けるところだったそうです。すると阿久根では昨日、50歳の人達が小学校の運動会で走る一大イベントがあったと聞き、興味深々の鶴瓶さんと大島さん。二人が再び歩き出すと、今度は古そうなお寺の前にあった首の取れた石像を見つけ、その「光明寺」を訪ねることに。出迎えてくれたのは、住職の齋藤さんの奥さん。喜んで二人を広間に招き入れ、門前にあった首の無い「かくれ念仏」の十二将神像について教えてくれました。かくれ念仏とは、16世紀末に島津義弘が一揆につながると浄土真宗の信仰を禁止したのに反して、信者たちが念仏洞などに隠れて信仰を守り続けたことに由来し、今でも光明寺ではかくれ念仏の講が執り行われているそうです。奥さんから住職のことについて話を聞いていると、ちょうどそこに住職が帰宅。お二人から、馴初め話や暮らしぶりについて話を聞きました。10年前に大腸がんを患ったという住職、主治医からステージ3と宣告された際に隣にいた奥さんの青ざめた顔を見て、『家内は わしを愛してたんやなぁ』と気が付いたとか(笑)。その時に作った詩が『人生婦夫竹』と、奥さんがCDやポスターを出してきて見せてくれましたが、その歌にはまったく関心の無い鶴瓶さんでした(笑)。

ここでスタジオから、阿久根市の魅力をビデオ紹介。大島さんがセンターを務めた『ヘビーローテーション』の曲にのせて、市民の皆さんが紹介してくれました。
 まずは、先に出会った岩崎さんが教えてくれた「華の50歳組」。華の50歳組とは、50歳を迎えた人たちが母校の運動会に参加するという、阿久根市のユニークな伝統行事です。中でも特に盛り上がるプログラムが、小学生と一緒に走るリレー。年に一度行われる熱い戦いは、何度も見たくなること間違いなし!(笑)。
 続いては、ヘビーローテーションしたくなるスポット「阿久根大島」。阿久根港から船で10分ほどの所にある無人島ですが、マリンスポーツやアウトドアが楽しめる人気のスポットです。人は住んでいませんが、島に住んでいる120頭もの鹿が訪れる人を迎えてくれます。
 最後は、阿久根市にある唯一の高校、鹿児島県立鶴翔高等学校の食品技術科の生徒が作っている「豚味噌(3年A組シリーズ)」。28年前に、実習で作った鹿児島の郷土料理の豚味噌を売り出したところ大ヒット。見事、お土産のセンターに躍り出ました!(笑)。

市の中心部へと移動する車の中で、地元の名物の話になった鶴瓶さん、『こっちは豚か鶏、豚ならトンカツやろ』と話すと、大島さんも『とんかつ!?、いい~、トンカツ大好き!』と、大乗り気(笑)。すると鶴瓶さん、急に大声で『ストップ、ストップ!』と叫び車を停めさせると、慌てて車から降りて歩き出します。道沿いに立てられていた”ロースかつ”の幟旗を見つけ車を降りた鶴瓶さんでしたが、その店の前まで引き返すと、なんとそこは弁当チェーン店の「ほっともっと(Hotto Motto)」、『えらいとこ降りてしもうたわぁ』と後悔する鶴瓶さんでした(汗)。すると、二人が店の前で出会ったのは、10歳になる娘さんが鶴瓶さんのことを”幸せおじさん”と呼んで大好きと話す、中嶋さん母娘。しかし、このくらいの年齢だと、5年前にAKB48を卒業してしまった大島さんのことは知らないんだそうです(汗)。中嶋さんに近くの食事処を訊ねますが、市外の方で分からず、鶴瓶さんは勘だけを頼りに市の中心街を歩き回ることに・・・。すると、偶然にも見つけたんのは、とんかつ屋の「かつ膳」。店のご主人から、この辺りにとんかつ屋はここだけしか無いと聞き、その店を探り当てた勘を自画自賛する鶴瓶さんでした(笑)。大島さんはロースかつ定食を、鶴瓶さんはヒレカツ定食を頂くことにします。隣の席にいた新井田さん父娘に話しかけると、なんと昨日は「華の50歳組」にお母さんが出場し、その応援に娘さんが東京から帰省したんだとか。店主ご夫婦に話を聞くと、結婚当時は35歳と19歳の”歳の差婚”だった聞きビックリする鶴瓶さん、『警察に行ったら捕まるよ』と言いますが、『最近は城島さんもそうですしね』と、あまり気にも留めていない様子のご主人でした(笑)。

ここで二人は分かれることに。店を出た鶴瓶さんが出会ったのは、”日本一周 190日目”と書かれた黒板を荷台に縛り付けた自転車を押していた若者。森下さんは、北海道を出発して、既に半年になるそうです。ただし、ずっと自転車旅を続けているわけではなく、野宿が辛くなる冬の時期などは、一旦旅を中断し、大阪の実家に戻るんだとか(汗)。そして、世界観が変わるかもと仕事を辞めて自転車の一人旅を始めたそうですが、公園で野宿しつつも、既に100万円くらいの貯金を使ってしまったそうです。森下さんから、『視野は広がったけど、100万の価値は無いっすね』と聞いた鶴瓶さん、『ほんならやめて帰れや!もう』と(笑)。

一方の大島さんは、移住先の候補地を探そうと、海沿いの町を訪れることに。高之口港で車を降りた大島さん、住宅街を歩いていると車で通りがかった寺下さんから、ほとんどの町人はグラウンドに出てゲートボールをしている最中と聞き、そのグラウンドを訪ねます。大勢の町民が楽しんでいたのは、ゲートボールではなくグラウンドゴルフ。お婆さんのパワフルなショットに驚かされた大島さん、自分もゴルフをしているからと、試しにティーショットを打たせてもらうことに。目標を定めてフルスイングする大島さん、カメラはボールの行方を追いますが、あまりの勢いにボールを見失ってしまいます。しかし、なんとボールは、元あった場所に・・・。見事な空振りでした(笑)。

阿久根市倉津港海辺の浜町地区に移動した鶴瓶さん、一軒のお宅の前で車で出掛けようとしていた男性と出会います。日に焼けた顔を見て、鶴瓶さんは漁師さんかと思って声を掛けたのですが、倉津さんは漁師では無いそうです(笑)。倉津さん曰く、『漁師さんに会いたいなら、倉津港の方へ行った方がいい』とのこと。実は倉津さんも倉津地区の出身で、その集落に住む人の8割方は倉津姓なんだとか(驚)。そこで倉津さん、親切にも倉津港まで鶴瓶さんを連れて行ってくれることに。移動する途中、今の時期はタカエビ漁が盛んだと教えてくれました。倉津港に着くと、舫い杭(ボラード)に座って海を眺めていた漁師の洲崎さんと出会います。洲崎さんは、朝のウルメ漁に行ってきて、タカエビ漁には弟が出ていて、そろそろ漁協に水揚げに戻る頃だそうです。すると、向かいの自宅から奥さんの声が聞こえ、家に寄らせてもらうことに。洲崎さんご夫婦から、馴初め話やご家族の話などを聞いていると、昨日は一家で運動会に行き、長女が「華の50歳組」で走ったとか。娘さんは国体にも出たことがあるそうで、新幹線の様に早かったと洲崎さん。しかし奥さん曰く、『ここらはな、本当の話は通じらんと』と・・・(笑)。鶴瓶さんは再び倉津さんに案内してもらい、タカエビが揚がるという漁協を訪ねますが、既に水揚げ作業は終わっていて、漁協には誰もいませんでした(汗)。

グラウンドゴルフに来ていたのは、お年寄りばかりでなく、小さな子供やその母親もいて、子供がお年寄りから打ち方を教わるなど、世代を越えた地域住民の交流の場となっているようです。そこで、大島さんに写真を撮らせて欲しいと声を掛けてくれたのは、茶髪に剃られた眉毛、マスクをしてジャージを着た、見るからにヤンキーっぽい女性3人組(汗)。歳を聞くと21から23歳だそうで、まだヤンチャ盛りかと思いきや、なんと3人はママ友なんだそうです(驚)。何れも10代で結婚して子供を産み、21歳の峯さんに至っては、既に離婚まで経験済みだとか(汗)。これから車の免許を取りに行くという峯さん、学科試験に5回も落ちているそうですが、大島さんが『私も3回落ちたから』と慰めると、逆に『バカなんだ!?』と笑い返されてしまいました(笑)。すぐ傍に鳥越さんの実家があると聞き、訪ねさせてもらうことにした大島さん。阿久根から出たことが無いという3人に、さらに地元での生活について話を聞きました。子供が生まれたことで、自分の母親との仲も良くなったという梅原さん。”子は鎹(かすがい)”と言いますが、孫は母娘の鎹でもあるんですね!(笑)。

タカエビの味噌汁ここでちょっと一息、鹿児島県阿久根市の「家族に一杯」の時間です。
 今日訪ねたのは、鶴瓶さんが倉津港で出会った洲崎さんのお宅。『いらっしゃい、きやんせ~』と、奥さんとお嫁さんが出迎えてくれました。お二人が作ってくれた本日の一杯は、鹿児島では薩摩甘えびとも呼ばれている、「タカエビのみそ汁」。独特な甘さがあって、殻が柔らかいのでエビのみそがよくダシに出て伊勢海老の様に美味しいそうですが、足が早いため産地以外では滅多に食べられないそうです。阿久根ならではの一杯なんですね!。鶴瓶さんは食べることができなかったタカエビ、代わっていただきます(笑)。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、『そんなことがすてきです』(大橋トリオ)でした。

鶴瓶さんは新たな出会いを求めて、山間の鶴川内地区へと移動します。町を歩き出すと、酒屋の二階の窓から、こちらを見ているお婆ちゃんを見つけ、その「齊藤商店」を訪ねます。店で応対してくれた息子さんに、お婆ちゃんを呼んで欲しいと頼みますが、恥ずかしいからと降りてきてくれません(汗)。ここでも「華の50歳組」について話を聞くと、昨日はいとこが走ったそうです。すると齋藤さん、ちょうど記念の焼酎が届いたばかりと、その焼酎を出してきて見せてくれました。地元では、華の50歳組に出場するとお祝いを貰うそうで、そのお返しに自分の名前を記したラベルの焼酎を作って配る習わしがあるとか(驚)。

一方の大島さんも、山手の山下地区へと移動します。人気のない裏道を歩いていると、庭先で鎌を研いでいるお婆ちゃんを見つけ、声を掛けます。92歳になるという池川さん、鎌を研いでこれから畑仕事に出掛けるそうです(汗)。そこで大島さん、池川さんと一緒に畑までついていくと、隣の畑でも、武内さんのお婆ちゃんが作業中。近所の石垣に座って二人のお婆ちゃんに話を聞くと、家に居たでは弱くなるばかりと、身体と相談しながらぼちぼちと畑仕事を続けているそうです。池川さんから沢山のサツマイモをお土産にもらった大島さん、ついでに良い人を紹介してもらえるそうなので、本気で阿久根への移住を考えようかと・・・(笑)。

再放送は、12月13日(金)午前0時55分~午前2時07分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 阿久根市の名物など

 令和元年11月18日(月)放送 22年ぶりの登場!西郷輝彦と愛媛県新居浜市ぶっつけ本番旅

旅のゲストは、歌手で俳優の西郷輝彦(さいごう てるひこ)さん。鹿児島県谷山町(現鹿児島市)出身の72歳。石原裕次郎や小林旭など日活俳優に憧れてオーディションに応募するも落選し、夢を諦めきれず高校を中退してヒッチハイクで大阪に出ます。アルバイトやバンドボーイとして生活しているうちに芸能事務所に誘われ、1964年に17歳にして「君だけを」でレコードデビュー。その年の日本レコード大賞新人賞を獲得し、映画デビューも果たします。また、NHK紅白歌合戦には’64年から’73年まで10年連続で出場。翌年には、共同出資により自らが社長となる芸能事務所を設立したほか、小説や作詞作曲を手掛けるなどマルチな才能を発揮し、1960年代を代表する青春スターへと登りつめます。歌手としては、橋幸夫や舟木一夫と共に「御三家」と称されました。私生活では、1972年に辺見マリさんと結婚し2児(長女は辺見えみりさん)を授かりますが、10年目にして離婚、その後に一般女性と再婚しています。2017年に前立腺がんが再発して仕事を離れますが、今年になって芸能活動に復帰。ラグビー・ワールドカップ日本開催にちなみ、7月から9月までTBSで放送された、池井戸潤氏原作の人気ドラマ「ノーサイド・ゲーム」にも出演し、注目を集めました。

旅の舞台は、四国の中北部に位置し瀬戸内海に面した、愛媛県新居浜市(にいはまし)。愛媛県では、松山市と今治市に次ぐ人口12万人を擁する、瀬戸内海有数の工業都市です。江戸時代に開坑され、世界一の産出量とも謳われた「別子銅山」が住友家により開発されて以来、住友化学や住友重機械などのメーカーがこの地で誕生し、住友グループの企業城下町として発展してきました。また1950年代には、川崎市・岩国市・四日市市とともに日本初の石油コンビナートが建設され、東予地方の産業をリードする化学工業の一大集積地ともなっています。

旅の目的を探してはみたものの、新居浜市で特にラグビーが盛んというわけでもなく、瀬戸内にあって漁業よりは工業が盛んな土地柄で、西郷さんの好物とも繋がりません(汗)。芸名の由来ともなった西郷隆盛は、愛媛県宇和島を訪れたことがあるそうですが、同じ愛媛県にあって新居浜とは距離が離れすぎていて、まったく想像が付きません(汗)。


ロケが行われたのは、令和元年9月25日(水)。ゲストは、なんとこの番組には1997年以来の22年ぶりの出演となる、西郷輝彦さん。当時の写真を見ると、西郷さん50歳、鶴瓶さんは45歳。お二人とも、とてもお若い!(笑)。

愛媛県新居浜市滝の宮町にある、「滝の宮公園」で待ち合わせた、鶴瓶さんと西郷さん。大池のほとりのベンチに座って、22年ぶりの番組出演を懐かしみます。今回は西郷さん、四国側から瀬戸内海が見てみたいと、愛媛県新居浜市を旅の舞台に選んだそうです。それなのに、なぜか待ち合わせ場所は、山の麓にある池。さっさと海を見に行こうと、車に乗り込んだ二人でした。すると、海に向かう途中、車窓から鶴瓶さんが見つけたのは、「つるべ」と書かれた喫茶店の看板!。車を降りた二人が、「ギャラリー茶房 つるべ」を訪ねると、女将の永易さんが出迎えてくれました。店名は、店の中に設えた井戸の釣瓶(つるべ)から付けた名前だそうです。二人はコーヒーを頂きながら店内を見回すと、なぜかゴジラの首が何体も飾られています。こちらの喫茶店はギャラリーにもなっていて、現在は、後ろにいる井上さんの作品が展示されているとか。ビックリして鶴瓶さんが振り返ると、そこに立っていたのは、後ろで二人の会話を楽しそうに聞いていた井上さん本人。井上さん自身も「ヒーローズタイム」という飲食店を開いているそうですが、自分の店に趣味のアニメの特撮物を飾っても、同じ趣味の人しか店に来てくれないので、こちらのギャラリーを借りて、趣味で自作したゴジラ等を展示させてもらうことにしたとか(笑)。

ここでスタジオから、西郷輝彦さんのヒット曲「星のフラメンコ」にのせて、新居浜市の魅力を紹介。
 まずは、『好きなんだけど~、離れてるのさ~』。そう、町の中心部から南に20km離れた場所にあるのが、「別子銅山」跡地。標高750mの山の中に眠る、産業遺産群です。この銅山は江戸時代に発見され、300年に渡って日本の産業の発展を支えました。現在、この銅山跡地は、”東洋のマチュピチュ”として注目を浴びています。
 次は、『好きなんだけど~、だまってるのさ~』。驢馬(ろば)のご主人、黙ってないで教えて欲しい、新居浜の美味しいものと言えば、「ざんき」。新居浜市民のソウルフードである、鳥のから揚げのこと。ごろっとした大きさで、外はカリッカリ、中はジューシー。戦後、銅山で働いていた中国人が伝えたとされています。
 最後は、『君は僕の心の星、君は僕のた~から』。新居浜市民の宝とは、毎年10月に行われる「新居浜太鼓祭り」。なんと50以上もの太鼓台と呼ばれる山車が、市内を練り歩きます。勇壮さと華麗さを競うお祭りです。

鶴瓶さんと西郷さんが、つるべの女将さんに教えられた「マリンパーク」を訪れると、そこで出会ったのは、新居浜東高校のヨット部の生徒と、OBで大学生の今津さん。この日は平日でしたが、学校の許可を得て、9月28日から10月2日にかけて茨木県霞ヶ浦で開催される国体のセーリング競技に出場するため、マリンパークから借りている艇の搬出作業に来たそうです。皆さんからヨット競技のことについて話を聞いた鶴瓶さん、目指すは入賞ではなく優勝と、けしかけます(笑)。艇庫の2階に上がらせてもらい、瀬戸内海のきれいな景色を見渡した、鶴瓶さんと西郷さん。目の前に見えた「大島」について高校生らに話を聞くと、美味しいと評判のパン屋があったり、伝説の「幽霊の片そで」が伝わっているとか。そこで二人は、大島に行ってみることに。しかし、大島に渡るには1時間に1本のフェリーしかないと聞いた鶴瓶さん、マリンパークの喜田さんに頼み込み、臨時で水上タクシーを出してもらうことに成功します。高校生たちが桟橋まで走ってきてくれて、二人の出航を手を振って見送ってくれました。その様子を船の上から見つけた、67歳と72歳の二人は、『青春だね~』と感慨深げ(笑)。

大島に渡った二人は、港でフェリーを待っていた、深川さんと松倉さんに出会います。話を聞くと、新居浜市内から大島へ月に1度、訪問理美容のサービスに訪れているそうです。お二人や、港で出会った大島の住人たちに、パン屋や幽霊の片袖について情報収集した鶴瓶さんと西郷さん、まずは歩いてパン屋を探すことに。途中で見つけたのは、それらしい「オカリナ工房」と書かれた看板。隣の畑で作業していた藤田さんご夫婦に話を聞くと、この工房は横浜に住む義弟がこっちに帰ってきた際にオカリナを制作している場所だそうです。すると藤田さん、今しがた「ジャックのパン屋」の奥さんが、犬の散歩で前を通ったばかりと、奥さんがパン屋まで案内してくれることに。

二人が、スイス人のジャックさんが開いているカフェ「BAUHAUS(バウハウス)」を訪ねると、生憎とジャックさんは新居浜市内に行っていて留守でしたが、奥さんのゑつこ・マニャンさんが二人を出迎えてくれました。ゑつこさんは、アニメ映像の背景美術が本業で、テレビアニメのドラゴンボールのオープニングやエンディングの背景も手掛けた方。今は、新居浜大島に住み、ゲームの背景画を手掛けているそうです。

鶴瓶さんと西郷さんは、ゑつこさんに案内してもらい、ゆうれいの片そで伝説が伝わる「願行寺」を訪ねることに。住職の長崎さんに案内してもらい、境内に展示されていた片袖や、その伝説の元となった巻物や幽霊が描かれた古い掛軸などを見せてもらうことができました。

いもたきここでちょっと一息、愛媛県新居浜市の「家族に一杯」の時間です。
 やってきたのは、垣生(はぶ)地区。今日は、年に1回の集まりに参加させて貰えることに。夕暮れ時に公民館を訪ねると、大勢の人が集まり、賑わっています。今日は、垣生校区の「いもだき」の日。本日の一杯は愛媛の郷土料理「いもだき」(”いもたき”とも)。地元の里芋に、しいたけや野菜をたっぷり入れた、醤油味のお鍋です。地区に住むお年寄りから子供たちまで、顔見知りでなくても、いもだきの日に集まって、皆で鍋を囲むことで、和気あいあいと楽しくなれます。いもだきは、心まで温かくなる一杯なんですね。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、『Dancing In The Moonlight』(Toploader)でした。

実は西郷さん、今回の旅でやってみたいことがあるそうです。昔、ロサンゼルスを旅をした際に、レモンの木の下で飲んだビールが忘れられず、その雰囲気が南国の四国で再現できないかと思ったとか(笑)。そこで西郷さん、長崎さんにレモンの木がないかと尋ねると、なんと裏山に植えてあるそうですが、まだレモンは緑色をしていて小さいそうです。それでもと、レモンの木が植わっている場所まで登ってみますが、眼下には寺の墓地が広がり、この場所で『ちょっとビールを』という雰囲気にはなれそうもありません(汗)。

一方の鶴瓶さんは、寺の裏山に登っていく西郷さんからそっと離れ、勝手に一人旅に出かけることに。ゑつこさんに案内してもらい向かった先は、馬やヤギ等を飼っているというマニャンさん家の牧場。7年前にこの島にスイスから移住してきたマニャンさん夫婦は、二人でチェンソーを振り回して、自力でこの広い牧場を開墾したんだそうです(汗)。マニャンさんご夫婦は、何十頭ものヤギや馬を飼育しているほか、ペットとしてポニーのヤマトや、クジャクのオードリー、ダチョウが数羽に、豚のウマソーまで飼っていて、さらに来週はミニブタが2頭来る予定だとか。その話を聞いた鶴瓶さん、呆れて『もう、やめなさい』と、たしなめます(笑)。

鶴瓶さんに置いてきぼりにされた西郷さんは、たまたま出会った地元の女性で西郷さんのファンという山本さんから、ここが村上水軍を指揮していた「村上邸」で、18代当主は大島交流センターに行けば会えると、案内してくれることに。すぐ近くと話す山本さんの後を追う西郷さんですが、結構歩いたと息が上がります。交流センターで冷たいお茶を出していただき、一服することができた西郷さんですが、今度は村上さんに案内してもらい、再び歩いて村上邸へと戻ることに(汗)。屋敷の中から庭へと降りると、ここにもレモンの木がありましたが、その木の高さは人の背丈ほど。しかし、せっかくだからと西郷さん、ビールが無いかと村上さんに訊ねると、なんとビールをグラスに注いで持ってきてくれました。さすがにレモンの木の下でビールとはなりませんが、村上邸の縁側に座り、まだ熟れてないレモンの実を眺めながら、ビールを頂く西郷さんでした(笑)。

それぞれ一人旅を楽しんだ鶴瓶さんと西郷さんは、大島の港で再会し、帰りのフェリーを待っていると、その到着したフェリーに乗って大島に帰ってきたのは、ゑつこさんのご主人のジャックさん。ようやくジャックさんと出会えた二人は、ジャックさんから島での暮らしぶりについて話を聞くことができました。

再放送は、11月22日(金)午前0時55分~午前2時07分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 新居浜市の名物など

 令和元年11月11日(月)放送 ISSAが初挑戦!大阪府田尻町ぶっつけ本番旅!

旅のゲストは、DA PUMPのリーダーで、歌手の ISSA(イッサ)さん。沖縄県沖縄市出身の40歳。幼少の頃から、安室奈美恵さんを輩出した沖縄アクターズスクールに通い、子役としても活動。1996年から沖縄アクターズスクールのメンバーとグループを結成し、1997年に「DA PUMP」としてメジャーデビューすると、すぐに数々のヒットを飛ばします。1998年には紅白歌合戦に初出場を果たし、2002年まで5年連続で紅白に出場。その後は、自身の舞台上でのケガや、メンバーの入れ替わり等があり、しばらく苦節の年月が過ぎますが、昨年は「U.S.A.」の大ヒットで、16年ぶりに紅白出場を果たしました。

今回の旅の舞台は、大阪湾に面し、泉佐野市と泉南市に挟まれつつ、沖合に浮かぶ関西国際空港の中心部分を擁する、大阪府 泉南郡 田尻町(たじりちょう)。2006年3月に、岐阜県墨俣町(現 大垣市)の廃止により”日本一面積の小さい町”(3.86km2)となりましたが、関空の埋立てにより面積が5.62km2に増えてしまい、同じ大阪府の忠岡町に”日本一”の座を譲ることになりました。人口は約8,800人です。特産品の「泉州黄たまねぎ」が特に有名で、日本で最も早くにタマネギ栽培が始まった地域だそうです。そういえば、ロケの頃はタマネギの種蒔きが始まる時期で、放送日の頃はタマネギの苗を定植する最盛期!。でも、たぶんタマネギは関係無いと思うので(笑)、ISSAさんがなぜ旅先に田尻町を選んだのかは不明です(汗)。沖縄出身のISSAさん、ひょっとしたら本州への最初の上陸地が関空だったりして!?。


ロケが行われたのは、令和元年9月1日(日)。「春日神社」の前にある公園で、鶴瓶さんと待ち合わせたISSAさん。先に到着すると、ロケに備えてナイキのシューズの手入れを始めます(笑)。心配事は、自分が”究極の人見知り”だということ。また、U.S.A.のヒットで顔を覚えてもらえる機会は増えたものの、果たして小さい子供からお爺ちゃんお婆ちゃんまで、どこまで知って貰えているのか、自分の知名度が気になるそうです。そこに登場したのは、小野アナウンサーいわく、”人見知りと対極の人”、鶴瓶さん(笑)。鶴瓶さんは、あれほどヒットしたU.S.A.の『カ~モンベイベー アメリカ』の”いいねダンス”の後で、次はどうするのか気になるそうですが、ISSAさんから、現在プロモーション中の『P.A.R.T.Y. ~ユニバース・フェスティバル~』の「バイーンダンス」のサビの踊りを教えてもらいました。どうやら鶴瓶さん、孫と一緒に踊るのが目的の様です(笑)。また、現在 全国ツアー中というISSAさんは、毎日リハーサルもあってギチギチの生活をしている中で、今日だけはのんびりしたいと、近場で田尻町を旅先に選んだようです(笑)。

公園で二人が話していると、ロケを見学しに、近所の人たちがたくさん集まってきました。遠慮がちな住人を、鶴瓶さんが順番に手を引いてベンチに座らせ、隣の人物が誰かと尋ねると、年配の女性まで皆、『ISSAさん』と名前を即答!。さらに、”いいねダンス”まで踊ってくれました(笑)。その知名度の高さに、鶴瓶さんも当のISSAさんも、驚きを隠せません。特に、子供たちからの人気は絶大で、集まってきた田尻小学校の5年生の男女6人の生徒たちは、ISSAさんに会えて大喜び。いいねダンスが踊れるどころか、リコーダーでU.S.A.の曲まで吹いてくれました。きっとお昼休みに、リコーダーの曲に合わせて、みんなでいいねダンスを踊っているんでしょうね(笑)。そこで鶴瓶さん、『ところで、オレは知ってるの?』と子供たちに尋ねると、全員が『見たことはあるけど、名前は知らない』と・・・(汗)。『ISSAに負けたわぁ~』と悔しがる鶴瓶さんでした(笑)。

ここでスタジオから、田尻町の魅力をビデオ紹介。町民たちが、大ヒット曲『U.S.A.』にのせて、田尻町を紹介してくれました。
 まずは『S.T.N.』、甘くてみずみずしい町の名物、「泉州たまねぎ」です。タマネギの栽培は明治時代に始まり、偉大な先人たちを称える石碑「泉州玉葱栽培の祖碑」もあります。もちろん、町のマスコットキャラクター「たじりっち」も、タマネギをイメージ。
 次は『A.K.K.』、エアポート関空です。1994年に開港した「関西国際空港」の真ん中部分、ほぼ3分の1は田尻町にあります。関空を利用する1日5万人の外国人は、田尻町に来ていることになるんです!。
 最後は『T.S.B.』、「田尻スカイブリッジ」です。関空からのお客様をお迎えする橋。遊歩道ではウォーキングも楽しめ、夕日がきれいなスポットとしても有名です。
 『カーモン ベイビー たじりへ、町は小さくても 魅力は大きい!』と、子供たちが”いいねダンス”を踊りながら、二人の旅を応援してくれました(笑)。

田尻町の住宅街を歩き出した、鶴瓶さんとISSAさん。二人がぶらぶらしていると、新築したばかりの家の前で手を振ってくれている住人を見つけた鶴瓶さん、その古渕さんのお宅を『新築訪問』することに(笑)。ちょうど、不要になった本棚をもらいに来たという、奥さんの妹さん夫婦も来ていて、皆さんから暮らしぶりなど話を聞くことができました。大学4年の息子さんは、Apple Loop United」というバンドでドラムを担当、『わがまま』というタイトルのCDも出していると、お父さんがそのCDを紹介してくれました。『見せんでええ』と恥ずかしがる息子さんに、『ようISSAに見せるなぁ』と冷やかす鶴瓶さんでした。続いて、近所に住んでいる、古渕さんのご主人の両親が住むお宅に案内してもらうと、なんとお父さんは鶴瓶さんと同じ浪速高校の出身で、鶴瓶さんより4年先輩だそうです。林家ぺーさんのことなど、浪高あるある話に花が咲く、先輩後輩でした(笑)。

二人が古渕さんのお宅を出ると、たまたま田尻朝市から帰るところと車で通りかかった漁師さんが、親父がISSAさんと同じ沖縄出身だと、沖縄名物のサーターアンダーギーを分けてくれました。ここで別れることにした二人ですが、ISSAさんは、その朝市が開かれている田尻漁港を訪ねてみることに。

一方の鶴瓶さんは、田尻町の住民に話を聞いていると、たびたび登場する『ハワイアン』という地区が気になり、その場所を探すことに!。それらしき住宅街を見つけますが、表には吉見地区との看板も。たまたまそこに車で通りがかった福留さん家族に話を聞くと、ハワイアンはもう少し先だそうです。しかし、親子の歳の差を感じさせない不思議な家族構成が気になった鶴瓶さん、福留さん一家を車から降ろし、道端でその関係を問いただすことに!(笑)。

田尻漁港の日曜朝市」を訪ねたISSAさんですが、既にすべての商店はシャッターを下ろし、小波津さんや吉田さんなど、残った数人の漁師さんがビールで一杯を始めているところでした。皆さんに、仕事や朝市の様子について話を聞いていると、バーベキューの準備が始まり、ISSAさんも相伴に預かれることに(笑)。バーベキューの準備をし、エビやサザエなどを焼いてくれたのは、小波津さんの息子の亮太くんと、友人の小林くん。話を聞くと、将来はお父さんの仕事を継いで漁師になりたいと話す亮太くん、学校が無い日はお父さんの船に乗って一緒に漁にも出ているそうです。そこでISSAさん、お母さんにも話を聞きたいと、小波津さんの自宅を訪ねさせてもらうことに。ISSAさんの突然の訪問に、ビックリするお母さんですが、なんとかお邪魔することに成功!。お母さんから、息子の漁師希望は反対であること、田尻町から出たこともなく外の世界をまったく知らないまま、危険な仕事には就いて欲しくないと聞いたISSAさん、自分の将来の道を選ぶのは自分だが、外の世界を知ることは大事と、亮太くんにエールを送りました。

福留さん家族と別れた鶴瓶さんは、再び車で移動していると、再度それらしき新興住宅地を見つけ車を降ります。道でスケートボードをしていた子供に聞くと、ここは”ハワイアン”ではなく、”ベイサイド”だそうです(汗)。そこに車で通りかかったのは、安宮さんの家族。話を聞くと、鶴瓶さんは田尻町から出て、隣の町まで来てしまった様です。ハワイアンの近くに住んでいるという安宮さん、これから家に帰るところと聞いた鶴瓶さん、車に乗せて貰い、ハワイアンまで連れて行ってもらうことに。すると安宮さんの奥さん、車中でハワイアンに住む友人の西野さんにLINEで連絡をすると、『鶴瓶止めておいて、おもろい姉妹行くから』との返信が!(笑)。ぜひ、そのおもろい女性に会いたいと、安宮さんに案内してもらい、西野さんのお宅を訪ねると、ちょうど一家大勢で外出先から戻られた所でした。ようやくハワイアンと呼ばれる新興住宅街を訪ねあてた鶴瓶さん、西野さんのお宅に上げてもらい、皆さんに、家族関係や暮らしぶりについて話を聞くことができました。

じゃこごうこここでちょっと一息、大阪府田尻町の「家族に一杯」の時間です。
 今日は、地元の名物を使った家庭料理が頂けると訪ねたのは、嘉祥寺地区にある一軒のお宅。お母さんが台所の隅にあった桶から出してきてくれたのは、1年漬けた水ナスの古漬け。それを縦に4等分し、じゃこと呼ばれる小エビと一緒に鍋に入れ、お酒と醤油、少しの砂糖で味付けをして煮込みます。ダシや水分は、エビや古漬けから出るものだけ。エビに火が通れば完成です!。本日の一杯は、アツアツご飯の上にのせた、「じゃこごうこ」。じゃこ(小エビ)と、こうこう(香々=香の物=漬け物)を一緒に炊くから、じゃこごうこ。近所の奥様方と一緒に、お昼を頂きます。こちらに嫁に来て時に初めて知ったお惣菜ですが、お姑さんから『じゃこごうこを食べないと泉州の嫁にはなれない』と言われたとか。この地域に暮らす人ならではの味なんですね!。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、『浜辺の歌』(Clementine)でした。

ISSAさんは、もっと多くの住民と出会いたいと、人が集まりそうな公民館を訪ねてみることに。「田尻町立公民館」の受付で相談すると、ちょうど料理室で和菓子作りの教室が開かれているそうで、案内してもらえることに。突然のテレビカメラとISSAさんの訪問に、ビックリしつつも、どうリアクションしていいのか分からず、もくもくと和菓子作りを続ける生徒さんたち(笑)。ISSAさん、自分にも教えて欲しいと、指導してたい元菓子職人の方に相談しますが、『できないでしょ~』と笑われてしまいました。余分な材料も無いそうです。すると生徒さんの一人が、『よかったらどうぞ』と、自分の材料を分けてくれて、ISSAさんも和菓子作りにチャレンジ!。見よう見まねで作ったISSAさんの和菓子、ほかの生徒さんからは、『ダイナミックでいいと思います』とのお褒めの言葉が(笑)。

鶴瓶さんは、関空が見える海辺「マーブルビーチ」へとやってくると、9月初めの日曜日ということもあり、まだ大勢の人が海遊びに来ていました。そこで出会ったのは、学習塾「BASIC個別指導学院」に通う生徒さんたち。夏季講習を頑張ったご褒美にと、塾の藤原先生がバーベキューに誘ってくれたそうです。鶴瓶さんが生徒の一人に、この夏の成果を尋ねると、中学三年生なのに『ハーバードに行けそうです!』と、夏季講習の手応えを教えてくれました(笑)。

もっと人に出会いたいとISSAさん、公民館のそばにあったスポーツ施設「シーサイドドーム」を訪ねると、屋内グラウンドでは奥様方がテニスを楽しんでいました。テニスをまったくしたことが無いというISSAさん、奥様方に誘われて、一緒にプレーすることに!。恰好こそぎこちないですが、ダンスで鍛えた運動神経の良さか、初めてにしては何球も続けて打ち返すことができたISSAさん、応援していた奥様方も大喜びです(笑)。束の間のひと時を、のんびり、楽しく過ごすことができたと、ISSAさんも大変うれしそうでした。

再放送は、アラブ首長国連邦のドバイで開かれているパラ陸上の世界選手権2019大会中継のため、12月6日(金)午前0時55分~午前2時07分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 田尻町の名物など

 令和元年10月21日(月)放送 大注目の23歳登場!小松菜奈と高知県いの町ぶっつけ本番旅

旅のゲストは、ファッションモデルで女優の小松菜奈(こまつ なな)さん。東京都出身で山梨県育ちの23歳。12歳の頃に、小学館の小学生向けファッション雑誌『ニコ☆プチ』でモデルデビュー。高校を卒業すると、2014年公開の映画『渇き。』に女優として初出演し、日本アカデミー賞 新人俳優賞などを受賞。2016年公開の映画『溺れるナイフ』では映画初主演を果たし、マーティン・スコセッシ監督の映画『沈黙 -サイレンス-』でハリウッド・デビューも果たします。今年5月公開の映画『さよならくちびる』では、役柄をそのままに門脇麦さんとのギターデュオ「ハルレオ」で、ミニアルバム『さよならくちびる』をリリース。11月1日に公開予定の、鶴瓶さん主演の映画『閉鎖病棟 -それぞれの朝-』には、父親からDVを受け精神科病院に入院する由紀役で出演し、鶴瓶さんとの共演を果たしました。今回は、この映画公開に合わせてのゲスト出演かと思います(笑)。

旅の舞台は、高知県の中央部に位置する、いの町(いのちょう)。愛媛県との県境にあり、高知市や愛媛県西条市等に挟まれて、四国の中でもほぼ中央部にあります。2004年(平成16年)に、旧 伊野町、吾北村、本川村が合併して誕生しました。「土佐和紙」の発祥の地として知られ、今でも製紙業が盛んで、数多くの製紙工場が立地しています。

小松さんが、なぜ旅先に”いの町”を選んだのか、理由を探してはみたものの、なかなか良い案が思いつきません。ひょっとしてですが、写真が趣味でカメラを何台も持っているという小松さん、奇跡の清流とも呼ばれる仁淀川の『仁淀ブルー』など、いの町の豊かな自然を撮影しに、高知県まで足を伸ばしたとか?(汗)。


ロケが行われたのは、令和元年9月8日(日)。生きるパワーが貰えることから自然が大好きという小松菜奈さんは、お兄さんのススメで、高知県を旅してみたくなったそうです・・・。

仁淀川の堤防で待ち合わせた、鶴瓶さんと小松さん。清流の仁淀川を期待していたのですが、生憎の雨降りで、仁淀川も増水(涙)。小松さんのことを娘のようにかわいがっている鶴瓶さんは、小松さんに一人旅をさせるのは酷と、しばらく二人旅を続けることに!(汗)。しかし、ナレーションの三宅さんは、『鶴瓶さん、”かわいい子には旅をさせろ”ですよ』と、チクリ(笑)。

堤防を下りて住宅街を歩き出した二人ですが、雨の中では人に出会えそうもありません。そこで鶴瓶さん、『こういう時は 店がイイ』と、看板を見つけた「ハマダ美容店」を訪ねることに。しかし、表のサインポールが回転し、”営業中”の札が掛かったドアも開いているのですが、いくら声を掛けても誰も出てきません(汗)。隣が自宅かと様子を窺うと、その隣にあったのは「森木美容院」。こちらを訪ねると、今度ははつらつとした女将さんが店の中にいて、孫3人と一緒に大喜びで二人を出迎えてくれました(笑)。孫たちのパパは、今日は地区の子供相撲大会があって出掛けていると聞いた鶴瓶さん、ぜひその相撲会場を訪ねたいと、紹介してもらうことに。二人が訪ねたのは、「伊野南小学校」の相撲場で開催されていた、少年相撲選手権大会。一番前の一等席で、子供たちの相撲を見学させてもらうと、子供たちの力の入った熱心な取組に、二人ともビックリ。中には、男の子を投げ飛ばしてしまう女の子も!。そこで鶴瓶さん、試合が終わった彼女に話を聞くと、水田さんのチームは三回戦に進出するそうです。引き続き、彼女の相撲を応援すると、今度は見事な押し相撲で、男の子を土俵の外へと押し出してしまいました。なんと水田さん、この日の6年生の部の個人戦で、男子に交じって準優勝を果たしたそうです。小松さんが付けた彼女の四股名は、名前といの町をくっ付けた、”ゆいなの丸”。まさに「はちきん」(元気でおてんばな男勝りの女性を表す土佐ことば)という表現がピッタリの、水田さんでした(笑)。

仁淀川紙のこいのぼり祭り

ここでスタジオから、いの町の魅力をビデオ紹介。小野アナウンサーによると、いの町には「いいねボタンいいね!」ならぬ、「いいの!」が沢山あるそうです(笑)。
 いの町の いいね!といえば、まずは「仁淀川」。清流・仁淀川が流れるいの町では、水遊びが色いろ。家族揃っての川辺でのキャンプに、カヌーでの川下り、最近ではボートに立って漕ぎ進むSUP(サップ)も。中でも極め付きは、川面に石を投げて遊ぶ”水切り”。いの町では、石が跳ねた回数、飛距離、美しさを競う国際大会「仁淀川国際水切り大会」が毎年開催されています!。楽しいぃの~(笑)。
 次は、マラソン歴40年の土井さんが日々トレーニングに勤しんでいる目的、「四国のてっぺん酸欠マラソン大会(PDF)」。その名の通り、標高1700メートルの過酷な環境で行われるマラソン大会です。絶景が楽しめるコースですが、残念ながら去年と今年は悪天候で中止に。来年こそは走りたいぃの~(笑)。
 土井さんの足腰の強さにも負けないのは、「土佐和紙」。薄くて強いのが特徴の土佐和紙の産地として、いの町は古くから栄えてきました。現在も数多くの製紙工場が軒を連ねる、紙の町です。そんないの町ならではの”春の風物詩”が、清流・仁淀川を泳ぐ「紙のこいのぼり」。この景色、美しいぃの~(笑)。

相撲会場を後にしようとした鶴瓶さんに、次から次へと人が話しかけてきます。鶴瓶さんと同い年という尾中さんが紹介してくれた子供は、孫かと思いきや、実の息子だそうです!。少子化に歯止めをかけようと頑張っているとか(汗)。次に出会ったのは、枝川小の横綱という、小学生にしては一際大きな体格をした山崎君。お母さんのお母さんが南アフリカの方だそうで、端正な顔立ちに、その面影が窺えます。そして、そこに挨拶に来てくれたのは、鶴瓶さんとももいろクローバーZが一般視聴者や著名人をスタジオに迎えて、相談に答える形でトークを繰り広げる関西テレビの番組『桃色つるべ』に以前出演してくれた、鶴瓶さんの大ファンという琴ちゃん。偶然にもいの町に住んでいて、再び鶴瓶さんに会いに来てくれたそうです。ハグがしたいと鶴瓶さんに抱き付いた琴ちゃん、とても幸せそう(笑)。琴ちゃんを連れてきてくれたのは、お祖父ちゃんの川村さん。川村さんいわく、『琴ちゃんが(鶴瓶さんに)コトハウスへ来て欲しいって』と話しますが、当の琴ちゃんは、『そんなこと言ってないで、なに言うが!』と本気モードで怒り出します(汗)。どうやら、コトハウスに来て欲しかったのは、お祖父ちゃんの方だった様です(笑)。町中に住む琴ちゃんと離れ、山の上の方に住んでいる川村さんは、孫に遊びに来てほしくて、家にツリーハウスを自作、コトハウスと名付けたとか。その場所までは車で40分も掛かるそうですが、『景色は最高』と聞いた鶴瓶さん、見に行ってみることに!。

車で移動を始めた鶴瓶さんと小松さんですが、ただ車に40分も乗っていたのでは”撮れ高”が心配になった鶴瓶さん、途中で見かけた「高知アイス売店」で車を止め、撮影に立ち寄ることに。二人はわらび餅(500円)の他に、鶴瓶さんは土佐ジローのタマゴを使ったソフトクリーム(350円)、小松さんは塩ソフト(380円)をチョイス。窓際の席からは、眼下を流れる清流・仁淀川を眺めることが出来、『すごーい!うわぁー、ぜいたく~』と感動する小松さん。ソフトクリームを食べて一服しつつ、店員の小西さんを捕まえて話を聞き、”撮れ高”を繋いだ鶴瓶さんでした(笑)。

小川東津賀才地区に入ると、大きなロケバスでは通るのが困難に思えるほど、狭くて急な坂道となり、鶴瓶さんはビビりまくります(笑)。狭い山道を車でしばらく登っていくと、ようやく川村さんのお宅に到着。来年にはカフェをオープンさせる予定だそうですが、『こんな所、誰が来るの?』と、あきれる鶴瓶さん(笑)。すると川村さん、『(琴ちゃんが)鶴瓶さんにアレ乗ってもらいたい言うんで』と、また琴ちゃんをダシに使い、鶴瓶さんを誘います(汗)。川村さんが鶴瓶さんに乗ってもらいたかったのは、坂道の脇に張ったワイヤーロープを、漁業で使う浮き玉がぶら下がって滑り降りる、お祖父ちゃんお手製のアスレチック遊具!。しかし鶴瓶さんは、強度が心配と、乗ることを拒否(笑)。続いて案内されたコトハウスは、なかなか立派な出来栄え。しかしベランダに出てみると、その高さに鶴瓶さんもビビります(汗)。地面の上に立つ自宅でさえ、急峻な山肌に張り付く様に建てられているのに、コトハウスは急な斜面に生えた木の上にあるツリーハウス。その高さは半端でありません。早々に山を下りることにした鶴瓶さんでした(笑)。

豚と野菜のしょうが焼き丼ここでちょっと一息、高知県いの町の「家族に一杯」の時間です。
 川で遊ぶとお腹が減るので、そんな日はガッツリいきたいですね。今日訪れたのは、「いの生姜焼き街道」に名を連ねる一軒のお店、「あんど亭」。高知は生姜の名産地です。たっぷりの野菜と豚肉を炒めて、秘伝の生姜スライスたれを加えて和えれば、「豚と野菜のしょうが焼き丼」(1,200円)の完成!。砂糖醤油で煮込んだ地元産の生姜のスライスがたっぷり入った、生姜が主役の一杯。地元の人たちにも大人気のランチです。『甘辛い味付けで、辛みがまろやかで食べやすいです』と、女性のお客さん。『生姜は身体にいいし、冬はかぜもひかないし、高知の生姜が一番です』と、店主のお母さん。心も身体も暖かくなる、はちきんのお母さんの愛情が詰まった一杯です。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、『Sugar Sugar』(The Archies)でした。

再び町の中心部へと戻った鶴瓶さんと小松さん、最初に相撲大会があることを教えてもらった「森木美容院」を訪ねます。鶴瓶さんが女将の森下さんに、これから小松さんが一人旅する先を紹介して欲しいと相談すると、既に森下さん、東京で演劇をしていて地元に戻ってからも演劇活動をしている方と 高知新聞の夕刊で四コマ漫画を描いている方を、店に呼んでいるそうです(笑)。さらに店内には、息子の結婚式の衣装合わせに来たと、近所の魚屋さん「魚兼」の三代目ご夫婦も。しかし、このまま森下さんに任せたら、全部仕切られてしまうと案じた鶴瓶さん、小松さんを店の外へと連れ出すと、ここを離れ一人で好きにさせてあげることに(汗)。すると森下さん、『せっかく紹介しようと思ったのに、頑張りなさい』と小松さんを見送りますが、とても残念そう(笑)。

ひとり森下美容院に留まった鶴瓶さんは、『俺のペースで回さして』と、なんとか森下さんの横やりをかわしつつ、魚屋「魚兼」のご夫婦や、店に集まってきてくれた漫画家の村岡マサヒロさんご夫婦、女優の浜田あゆみさんから、いの町での暮らしぶりなどについて話を聞くことが出来ました(笑)。

年賀切手 お年玉切手 平成28年 小型シートついに一人旅となった小松さん、町を歩いていると、お店らしき古い商家を見つけ、訪ねてみることに。出迎えてくれたのは、田村さんの奥さんで、古民家の中には土佐和紙を使った張り子の干支人形がいっぱい展示されています。そこは、人形作家の田村雅昭さんのギャラリー「草流舎」。田村さんが製作した「張り子の申」は、年賀切手の絵柄にもなったそうです。人形の中には、数珠や羽根突きの羽根の錘にも使われているムクロジ(無患子)の実が入っているとか。そこで小松さん、人と出会えそうな場所を尋ねますが、『いの町で日曜日に開いているのは、散髪屋とウチくらい』と言われてしまいました(笑)。

女優をしている浜田さんから、実家は製紙会社と聞いた鶴瓶さん、お宅を訪ねさせてもらうことに。実家は山の上にあり、最後は車を降りて歩かないとならないとか(汗)。浜田さんに案内してもらい、実家を訪ねる途中、「鹿敷製紙株式会社」の工場に立ち寄ってみますが、生憎と日曜日で閉まっています。そこで、浜田さんが親に電話をするも、外出していて実家には誰もいないそうです。とは言え、山の上にあるという家が気になった鶴瓶さん、辛い坂道を上り実家を訪ねると、そこでの暮らしぶりなどを浜田さんから聞きました。

再び町を歩き出した小松さん、喫茶店とか無いかと探してみると、なんとそれらしき看板が!。しかし、せっかく見つけた「カフェ ミルク」は、日曜日は午前中のみの営業で、既に閉まっています(汗)。すると、そこへたまたま車で帰ってきた方から、前の店に『ガンダムおりますよ』と声を掛けられ、小松さんがシャッターが半分だけ開いていた「岡林商店」の店内を覗いてみると、なんとそこには、等身大のバックキャノンを装着したガンダムF91と、赤い彗星のシャア・ザクが飾られています!(驚)。店内で棚卸をしていた店主の岡林さんに話を聞くと、いの町ではスーパーも日曜日は定休日だとか(笑)。すると、先ほどガンダムがいると教えてくれた奥さんが、閉まっていたシャッターを上げて、店を開けてくれました。店内に入ると、そこには段ボールで作られたトトロやメイちゃん、ネコバスに、天空の城ラピュタに登場するロボット兵など、ジブリのキャラクターが沢山飾られています!。さらに一際目を引いたのは、巨大な戦艦大和。全部ご主人が、段ボール箱を再利用して手作りしたものだそうです。大和の製作には4ヶ月も掛かったとか(汗)。天空の城ラピュタのドーラ一家の飛行船・タイガーモス号は、なんとプロペラが電動で動きます!(驚)。八百屋のおじさんが段ボール箱で手作りしたフィギュアにしては、クオリティが高すぎると、小松さんも唖然とするばかり(笑)。

鶴瓶さんが、ようやく浜田さんの実家の前の急な坂道を下りきると、近くにある「丸英製紙株式会社」の社長、浜田さんの家の末っ子が駆け寄ってきてくれました。そこで鶴瓶さん、丸英製紙を継いだ三代目の浜田さんのお宅を訪ね、ご家族の話などを聞いていると、女優の浜田さんの実家のお婆ちゃんとお母さんも帰ってきて、運よく皆さんと出会うことができました。

再放送は、10月25日(金)午前0時55分~午前2時07分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された いの町の名物など

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感想(6件)

 令和元年10月7日(月)放送 伊豆の奇跡SP!松岡茉優と静岡県下田市ぶっつけ本番旅!

旅のゲストは、女優でタレントの松岡茉優(まつおか まゆ)さん。東京都出身の24歳。8歳の時に、当時3歳だった妹の日菜さんがスカウトされ、その面接でお姉ちゃんもと誘われ事務所に入ります。13歳の頃にテレビ東京『おはスタ』の”おはガール”として本格デビュー。その後は主に女優業に活動の場を移し、2013年上半期のNHK連続テレビ小説『あまちゃん』では、ご当地アイドルグループ「GMT」の埼玉県出身メンバーの”入間しおり”役を演じて注目を集めます。2018年6月に公開された是枝監督の映画『万引き家族』にも出演し、日本アカデミー賞 優秀助演女優賞などを受賞しました。私的には、映画『ちはやふる』で松岡さんが演じた、スノー丸をこよなく愛するかるたクイーン、”若宮詩暢”役のツンデレさが魅力的でした(笑)。

旅の舞台は、静岡県の東部にある伊豆半島の南端部に位置する、下田市(しもだし)。下田港は、江戸時代には江戸と大坂とを結ぶ海運船の風待ち湊として栄え、1854年の日米和親条約により箱館とともに開港し、幕末の様々なエピソードの舞台となりました。昭和に入ると、『伊豆の踊子』の舞台として観光人気に火が付き、バブル時代の最盛期には年間600万人を超える観光客が訪れましたが、今ではその数が3分の1にまで減少し、観光産業の復興が市の課題となっています。

下田といえば、温泉のほかに、金目鯛やサザエなどの海産物が有名。しかし、食べることが大好きという松岡さんですが、大好物は麺類やご飯で、おかずは梅干しと味噌汁があれば十分だそうですから、旅の目的には繋がりそうもありません(汗)。後は、アウトドア派で山ガールとしても知られる松岡さん、何処か登りたい場所があったのかも?。


マクドナルド「チキンバーガー ソルト&レモン」のCMロケが行われたのは、令和元年8月28日(水)。静岡県下田市の蓮台寺地区にある、「松陰通りの足湯」で待ち合わせた、鶴瓶さんと松岡さん。松岡さんにとって鶴瓶さんは、恩人なんだそうです!?。松岡さんがまだ売れていなかった15歳の時に、同年代の子たちが主演をしたり連続ドラマに出たりしているのに自分は仕事すら無いと落ち込んでいると、やっと受かったオーディションのCMの撮影で鶴瓶さんと共演(日本マクドナルドのチキンバーガー・ソルト&レモンのCM、女子高生と足湯・new「初恋」篇)。すると撮影スタッフから、鶴瓶さんが褒めていたよという話を聞き、再び頑張る勇気が出ましたと、当時のことを振り返ってくれました。

伊豆下田外浦海の塩一方、新幹線が停電で止まってしまいロケのスタートに40分も遅れた鶴瓶さん、”撮れ高”が気になり松岡さんに、『何でここやねん? こんな時間やから早よせなあかんでぇ』とせっつきます(汗)。すると松岡さん、数年前から大切に食べている塩があるそうです。台所から持ってきたと、ビニール袋から取り出したのは、【伊豆下田 外浦の海の塩です】と書かれたラベルが貼られた塩の容器。もう塩はちょっとしか残っておらず、容器をひっくり返して見る鶴瓶さんが塩をこぼしてしまわないかと心配する松岡さん(笑)。すると鶴瓶さん、『塩やでぇ、そーんな違うかぁ?』と、えらくバカにした様子(汗)。そこで松岡さん、『じゃぁ食べてみますか?』と、塩をちょっと指で掴み鶴瓶さんの手に置くと、今度は『少なっ!』と鶴瓶さん。しかし舐めてみると、『おー、わかる! 塩辛いけど綿菓子みたいにフワッとなって、何やこれ!?』っとビックリ!。松岡さんによると、キュウリの塩もみでも、この塩を使ったら逸品になるそうです。しかしこの塩、東京には出回っておらず、地元の直売所にもなかなか卸されないと知った松岡さん、この塩を作っている人に会ってお礼を言いつつ、できればもう一つ貰いたいと、下田を旅先に選んだそうです(笑)。ちなみにこの塩、運が良ければ地元の農産物直売所「季ごころ」や「旬の里」などで販売されていて買うことが出来るようですが、この放送で当分は品切れが続きそうですね(汗)。

そこで鶴瓶さん、途中で出会った村山さんの奥さんに、この塩を作っている所を知らないかと尋ねると、外浦は海の方で、この辺りでは塩は作っていないそうです。しかし、塩のラベルに書かれていた生産者の名前が「村山英夫」だと聞くと、なんと奥さんの親戚の方だということが判明!。奥さんと一緒に家に戻り、そのラベルに書かれていた電話番号に電話すると、奥さんは自分の名前も名乗ることなく、『英夫さん?、いま鶴瓶さんが来て・・・』と話し込みます。するとそこに、何やら玄関先が騒々しいと家の中から出てきたのは、村山さんのご主人。鶴瓶さんから事の成り行きを聞くと、親戚の英夫は船乗りで、塩を作っているなんて話は聞いたことが無いと・・・(汗)。そこでご主人、親戚の英夫は同姓同名の別人で、これは自分が地元の高校で体育教師をしていた時の教え子の村山英夫だと言い出します!。とりあえず、親戚の英夫さんではないことが判明した鶴瓶さん、電話の向こうにいる塩作りの村山秀夫さんに住所を訊ね、これから伺わせてもらうことに(笑)。しかし、せっかく村山さんのお宅を訪ねた鶴瓶さん、玄関先に座り込み、ご夫婦に馴れ初め話などを聞きました。一方、村山さんの奥さんは、家の裏手にある「吉田松陰寓寄処」も訪ねて欲しかったと、とても残念そう(笑)。

黒船ミュージアムここでスタジオから、下田市の魅力をビデオ紹介。小野アナウンサーによると、松岡さんは「ハロー!プロジェクト」というアイドルグループが大好きで、中でも松岡さんなりの”推し”(一推しのメンバーという意味)があるとか。そこで、下田にも松岡さんに推してもらいたいアイドルたちが沢山いると、それぞれ自己紹介してくれることに(笑)。
 エントリーナンバー1番は、「下田海中水族館」で毎日ショーに出演しているバンドウイルカの、ランちゃん、ミカンちゃん、スカイちゃん。得意技は、お客さんへの”水しぶき”(笑)。
 エントリーナンバー2番は、パッチリお目目に赤いドレス、下田の美味しいアイドル「キンメダイ」。下田市は、金目鯛の漁獲量が日本一、一年を通して水揚げされています。得意技は、”早変わり”。定番の煮つけや刺身から、チャーハンにハンバーガーといったご当地グルメまで、変幻自在。
 エントリーナンバー3番は、「ペリー」。江戸時代、鎖国をしていた日本を開国に導いたペリーは、いまや下田のアイドル。彼の歩いたペリーロード、はまさに聖地。黒船を再現した遊覧船で、クルージングも出来ますよ。黒船ミュージアムに飾られた巨大なペリーの似顔絵とのツーショットは、インスタ映えすること間違いなし!?(笑)。

民宿 末拡ようやく塩を作っている村山英夫さんと会えた、鶴瓶さんと松岡さん。なんと村山さんは、蓮台寺に住んでいる同姓同名の村山英夫さんのことを知っているそうです。詳しく話を聞くと、船乗りだった蓮台寺の英夫さんは、当時タクシーの運転手をしていた自分の何倍もの高給取りで、その給料が自分の銀行口座に間違って振り込まれたことがあったとか!(笑)。ちなみに、村山さんは高校には行っていないそうなので、先のご主人の教え子という主張も、全くの人違いでした(笑)。村山さんのご自宅に伺うと、家には民宿「末拡」という看板も掛かっています。しかし、7月に奥さんがケガをして入院してしまい、今は素泊まりのみ受け入れているとか。82歳になる村山さん、シーツや枕カバーを取り換えるだけでも大変そうですが、新聞配達業をしているお姉さんから頼まれて、この地区の集金をして回っているそうです。そして、涼しくなるこれからの時期には、塩作りも始めるそうです。さらに若いころに、船乗りやタクシー運転手をし、趣味では津軽三味線の小山流を極めて武道館で演奏したこともあったとか(驚)。多忙を極める村山さんですが、するとそこに掛かってきてた一本の電話。話を聞くと、なんと塩作りの取材の依頼だそうです!。取材だと、このシーンを撮らせて欲しいとか要望が多いので、打ち合わせをしないことには今すぐハイとは答えられないと返答する村山さん。その話を横で聞いていた鶴瓶さんは、自分らはアポ無しで突然訪ねてきたため、失礼しましたと恐縮しきり(汗)。松岡さんは、家に取り置きしてあった塩を頂いて帰ることができ、大喜びです(笑)。

ここで二人は別れ、一人旅に。鶴瓶さんと別れた松岡さんは、村山さんのお宅を訪ねる際に通りかかった、干物屋の「万宝商店」を訪ねることに。生憎とこの日は定休日でしたが、向かいの店舗「ひもの 万宝」では、商品の干物を囲炉裏の炭火で炙って頂くことが出来るそうです。出迎えてくれたご主人に案内してもらい、お店の中を見させてもらった松岡さんですが、インタビューするまでもなく、話好きのご主人が、いろいろと店のことやご家族のことを話してくれました(笑)。

下田 晴レ屋

一方の鶴瓶さん、外浦海岸の海辺を歩いていると、大きな浮き輪を背負って海から上がってきた、大学生の楠田さんと出会います。夏休みに大阪から来て、伊豆下田温泉宿「晴レ屋」で、住み込みのバイトをしているそうです。すると楠田さん、何かを思い出したように話そうとしますが、『言ったらダメって言われているで・・・』と口ごもります。鶴瓶さんがしつこく聞くと楠田さん、『あの窓が開いている3階の部屋に、ギタリストのCharさんさんが泊まっているんですよ』と、口止めされていたのに簡単に漏らしてしまいました(汗)。すると、Charさんと仲がいい鶴瓶さん、その窓に向かって大声で『チャー!』と叫びます。何事かと、部屋の奥から外を窺うCharさん、鶴瓶さんに気が付くと、外まで聞こえる声で『ハハハ』と大笑い(笑)。携帯でCharさんに電話を掛け、後ろの建物の3階の部屋に隠れるCharさんに、事の成り行きを説明する鶴瓶さんでした。

ここでちょっと一息、静岡県下田市の「家族に一杯」の時間です。
 やってきたのは、下田駅から歩いて10分ほど、ペリーロードの近くにある食事処「黒船屋」。今日は、港町ならではの豪快な一杯が頂けるそうです!。さっそく出して頂いたのは、大きな丼ぶりから更にはみ出すほど大きなかき揚げが載った、超ビッグな「サザエのかき揚げ丼」。たっぷり入っているサザエは、下田の海で揚がったもの。『見てビックリ、食べてビックリ、だけど皆さん完食です』と話すのは、美人の女将さん。常連の若いお客さんたちは”お母さん”と呼んでいて、店が開いているかLINEで聞いてやってくるそうです(笑)。お母さんのでっかい愛情が、最高のトッピングなんですね!。ちなみに、今日の家族に一杯のコーナーのBGMは、ボサノバ風にアレンジされた『サザエさん・メドレー』(Clementine)でした。

松岡さんが新たな出会いを求めて住宅街を歩いていると、藤井さんのお宅の玄関先にいた、赤ちゃんを抱いた若いお母さんが手を振ってくれたので、思わず話しかけます。すると、お父さんも出てきてくれたので、ご家族のことについて話を聞くと、棟続きの3世帯住宅の大きなお宅に、長男夫婦と次男夫婦も一緒に住んでいて、全部で10人世帯だそうです。そして、近くで長男が営んでいる旅館を、一家全員で手伝っているんだとか。旅館でお客さんに出すアワビは、お父さんと次男が交代で潜って捕ってくるそうです。するとお父さんから、『アワビ食べる?』と聞かれた松岡さん、もちろん『いいんですか?』と(笑)、アワビをご馳走して貰えることに!。

蒼海の宿 ならいの風

皆さんに案内されて訪ねたのは、家の近くにある伊豆下田温泉「蒼海の宿 ならいの風」。宿にいたのは、女将のお母さんと、長男夫婦。生簀から一番大きなアワビを選んでもらい、さっそく厨房で捌いてもらったアワビの刺身を、食堂で皆さんと一緒に頂くことに!。とはいえ、箸をつけるのは松岡さんだけ(汗)。そこで松岡さん、村山さんに頂いた塩を取り出すと、『この塩を付けて食べてみませんか?』と、皆さんを相伴に誘います。毎日アワビを扱っていても、自分たちの口に入るのは年に2回くらいというお父さん、遠慮しつつアワビに手を伸ばすと、初めて食べた塩の味に、『甘いね』との褒め言葉!。気を良くした松岡さん、さっき横を通った冷蔵庫の中に何やら瓶が入っていたと、冷蔵庫から冷酒「下田黎明」を出してもらい、『下田トリプルショットで行きましょう!』と意気揚々(笑)。下田産のお酒を飲みながら、下田産のアワビを下田産の塩に付けて頂くとは、何とも贅沢!。日本酒を塩で飲むのが好きと話す松岡さん、24歳の女優にしては貫禄ある飲みっぷりで、『うまぁ!』とご満悦(笑)。

一方、鶴瓶さんが「外浦海水浴場」の砂浜を歩いていると、泣いている子供が気になり、久保さん親子に声を掛けます。すると、子供が身に着けていた浮き輪には、ミニオンのキャラクターの絵が!。そこで鶴瓶さん、『グルーやで、カチコチ光線!』と、グルーの声で子供を笑わせようとしますが、子供はうつむいたまま、ニコリともしません(汗)。皆で一緒に写真を撮ることにしますが、お父さんに抱かれた子供は、さらに声を張りあげて泣きじゃくります(笑)。その後、赤ちゃんを抱いた若い平子さん夫婦から声を掛けられた鶴瓶さん、話を聞くと、結婚してすぐに東京から下田に移住してきたんだそうです。

次に松岡さん、子役の時から芸能界に身を置き、他の何かに打ち込んだ経験が無いことから、何かに打ち込んでいる子供に出会って話を聞きたいと、そんな子供を探して町へと向かうことに!。商店街を歩いていると、酒屋「土屋商店」の前で立ち話をしている人達を見つけ、声を掛けます。すると、女将の金澤さんが、松岡さんのことを知っていてくれました。そこで松岡さん、金澤さんに何かに打ち込んでいる子供に会いたいと相談すると、近所の鰻屋「小川家」を紹介してくれることに。お父さんがプロボクサーのライセンスを持っていて、店の前の駐車場で、長男の子と熱心にボクシングの練習をしているそうです。金澤さんに案内してもらい、小川さん家を訪ねると、お父さんも太一くんも快く松岡さんの依頼に応えて、スパーリングを見せてくれることに!。マウスピースにヘッドギアとグローブを身に着け、お父さんと打ち合う太一くん、軽くと言いながら、ストップウォッチできっちり計った2分間、二人とも息つく暇もなく、本気でバシバシと打ち合っています(汗)。2分経つと、太一くんは暑さと疲れで意識は朦朧とし、息はハァハァ!。それでも、『学校帰りに何時もこれやってるの?』という松岡さんの問い掛けに、何とか答えようとしてくれました(笑)。お父さん的には、子供に強くなってもらいたくて始めたので、もう十分強くなったし止めてもいいかなと思っているそうですが、当の太一くんは、最初は嫌だったのに、だんだん楽しくなってきて、『えぇぇ、まだヤル!』と(笑)。将来の夢はプロボクサーと話す小学4年生の太一くん、日本ボクシング連盟の規定により小学校5年生にならないと試合には出られないそうですが、来年は試合に出られるので、その時は松岡さんに観に来て欲しいと、メッセージを伝えてくれました!。

一方の鶴瓶さんは、人を探して海辺を歩きますが、生憎と肌寒い日で、滅多に人と出会えません。漁港の方まで足を伸ばすと、家の前でバスケットボールをして遊んでいる子供たちを見つけ、声を掛けます。近所に住む佐々木くんと豊留くん、春日くんの3人は、学年もバラバラですが、とても仲が好さそう!。鶴瓶さんが子供たちに、夏休みの思い出話を聞いていると、近所に住む山梨さんのお婆ちゃんも出てきてくれました。鶴瓶さんと子供たちが座って話をしていたベンチが置かれた家は、子供たちの内の誰かの家かと思いきや、以前は漁師をしていたという一人暮らしの加藤さんのお宅で、山梨さんが家の中を覗くと、窓を開けたまま昼寝をしているそうです(汗)。耳が遠くなった加藤さん、子供たちの遊び声や、鶴瓶さんらの会話も、ちょうどいい子守唄代わりだった様です(笑)。

再放送は、10月11日(金)午前0時55分~午前2時07分(木曜日の深夜)に、NHK総合で放送予定です。

 


番組内で紹介された 下田市の名物など

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